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ローマ人の物語T
書名 ローマ人の物語T「ローマは1日にして成らず」
著者 塩野七生
発行所 新潮社
定価 2,200円
何年か前に夜の報道番組で、塩野七生が木村太郎の取材を受けていました。
「いま一番関心のあるのは何」という質問に、「ユリウス・カエサルです」と
きっぱり答えていたのが、私には非常に印象に残りました。そしてその次に年
に、書店でこの本を見たとき、「これがそうなのか」と、すぐに手にとったも
のでした。
知力ではギリシア人に劣り、体力ではケルト(ガリア)人やゲルマン人
に劣り、技術力ではエトルリア人に劣り、経済力ではカルタゴ人に劣って
いたローマ人
がなぜあれだけの大帝国を築けたのかということの解明がこの著書の目的であ
るようです。
何故「ローマは永遠」と言われてきたのか、そもそもローマとは何なのかと
は、私も常に思ってきたことなのです。
私にとっての塩野七生とは、「チェザーレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」
で鮮烈にデビューした(本当のデビュー作は別な作品ですが、私にはこの作品
こそがそう思えるのです)ちょっと近寄り難い存在でした。数々の書物の内容
も、テーマ自体は興味深いのですが、どうしても中にはいっていけない自分を
感じてしまっていたものです。
なにか「どうもこれは何がいいたいの」という思いをいつも感じてしまって
いたのです。
しかし、この「ローマ人の物語T」で、それらの私のこだわりがすべて解消
した気がしたものです。これなら、彼女の「男たちへ」というような文章も嫌
味で読むこともなくなってしまいました。私はこの本を読みおわったときから、
彼女のファンになりました。彼女の歴史・ヨーロッパに対する姿勢が初めて判
りはじめた気がしたのです。
ローマはギリシアとキリスト教をその中にふくみ、この二つを「ローマ」と
いう存在で全ヨーロッパのものとしました。
人間の道徳倫理や行為の正し手を引き受けてくれる型の宗教をもたない
場合、野獣に陥りたくなければ、個人にしろ国家という共同体にしろ、自
浄システムをもたなければならない。ローマ人にとってのそれは、家父長
権の大変に強かった家庭であり、これこそローマ人の創造であることはど
んなローマ嫌いでも認めざるを得ない、法律であったのだ。
宗教は、それを共有しない人との間では効力を発揮しない。だが、法は、
価値観を共有しない人との間でも効力を発揮できる。いや、共有しない人
との間だからこそ必要なのだ。ローマ人が、誰よりも先に、そして誰より
も強く法の必要性に目覚めたのも、彼らの宗教の性質を考えれば当然の経
路ではなかったかと思う。
ちなみに、ローマ人と同じく倫理道徳の正し手を神に求めなかったギリ
シア人は、それを哲学に求めた。哲学は、ギリシアに生まれたのである。
とくに、ソクラテス以後のギリシア哲学の流れは、このギリシア人の思考
傾向の果実以外の何ものでもない。
人間の行動原則の正し手を、
宗教に求めたユダヤ人。
哲学に求めたギリシア人。
法律に求めたローマ人。
この一事だけでも、これら三民族の特質が浮かびあがってくるぐらいで
ある。
私はユダヤキリストの暗さにはどうしてもなじめませんでした。ギリシアロー
マの古典古代社会のほうがずっと親しみを感じてしまうのです。
そして、そのギリシアとローマで、やはりローマこそがそのギリシアの存在
をも、世界のものとできたのだと思います。アテナイとスパルタの抗争ばかり
のギリシアが、アジアの大国ペルシアに勝てたとしても、あるいはアレクサン
ドロス大王がいたとしても、世界に向かってその存在の意義が大きくことであ
るのは、ローマがあったからこそだと思います。
また興味深く読めたところとして、もしアレクサンドロスが、東にではなく
西すなわちローマへむかったとしたら、歴史はどうなったろうかというところ
があります。著者の出している結論は、細かく理由をあげて、やはりローマが
勝利したであろうということになります。これには充分納得できるものがあり、
さすがだなとうなってしまったものでした。
歴史を叙述していくうえでのむずかしさは、時代を区切って明快に、こ
の時代には何がなされ、次の時代には何がなされたと書くことが、戦記に
あってさえ、不可能なことにある。
不可能である理由の第一は、ほとんどの事柄が重なりあって進行するか
らであり、理由の第二は、後に大きな意味をもってくる事柄でも、偶然な
出来事という形をとってはじまることが多いからである。それゆえに、歴
史は必然によって進展するという考えが真理であると同じくらいに、歴史
は偶然のつみ重ねであるとする考え方も真理にはなるのだ。
こうなると、歴史の主人公である人間に問われるのは、悪しき偶然はな
るべく早期に処理することで脱却し、良き偶然は必然にもっていく能力で
はなかろうか。多くの面で遅咲きの感のあるローマ人が、他の民族と比べ
て優れていたとしてよいのは、この面での才能ではなかったかと思われる。
このことが、たくさんの面から述べられています。ローマが何故勝利していっ
たのかがすこしずつ分かっていきます。
それにしてもこれからさらにこのローマの物語は、第一次ポエニ戦争、ハン
ニバルとの戦い、ガリア戦争、カエサル……………と続くわけです。この「T」
はまだその第一歩であるにすぎないのです。著者は2006年まで毎年1冊ず
つ書き下ろし、全部で15卷の大作になるといいます。
それにしても、この著書を読んで、私はこの著者のすべての作品を読んでみ
たいと決意した次第です。
ハンニバル戦記
書名 ハンニバル戦記 ローマ人の物語U
著者 塩野七生
発行所 新潮社
定価 2,600円
発行日 1993年8月7日
この全部で15巻にあるという「ローマ人の物語」が、著者の誕生日の7月
7日に毎年1巻ずつ出版されるということだったので、1巻からちょうど1年
後の7月1日から、毎日のように、書店をのぞいていました。ところがどうし
てか店頭にならばない。どうしたんだろう、どうしたんだろう、新潮社に電話
してみようかななどと思っていましたら、1カ月遅れの8月7日発売というこ
とで店頭に置かれていました。
それに私がかなり発売がまちどおしかったのは、1巻「ローマは1日にして
成らず」から考えると、第2巻がポエニ戦争の時代になるのは明らかだったか
らです。ポエニ戦争といったら、もうこれはハンニバルの物語になると思って
いました。私は小学生のころからハンニバルが好きだったのです。
ヨーロッパの3大英雄というと、アレクサンドロス大王、ユリウス・カエサ
ル、ナポレオン・ボナパルトだといいます。我がハンニバルが4代英雄のひと
りとはいわれないのは、ハンニバルがローマの敵であったカルタゴの英雄であ
り、アフリカ人だからです。
私がプルタルコスの「対比列伝」、いわゆる「プルターク英雄伝」を最初に
読んだのは小学校5年生のころでしょうか。もちろん子どもむきのでしたから、
ギリシア、ローマの英雄たちを対比させて書いてあるのではなく、上巻ギリシ
ア編、下巻ローマ編といった感じで、年代順だったと思います。その中で、ハ
ンニバルだけはローマの英雄ではないのだが、そして原作では扱われてはいな
いのだが、ここでは1章をもうけるというように書いてあったかと思います。
私はそのころからナポレオンが好きでしたから、そのナポレオンがあこがれた
英雄のことがとくに知りたかったのです。イタリア半島で長く連戦連勝で闘い
ながら、やがてイタリア半島を離れざるを得ないときのハンニバルと、長く彼
のもとで闘ってきた老兵士たちの哀しい貌が思い浮ぶような気がしていたもの
です。
実にプルタルコスはハンニバルと闘った将軍たちの列伝の中で、ローマの敵
でありながらも、傑出した英雄であるこのハンニバルのことを生き生きと書い
ているように思います。だれしもが、このローマ最大の敵であった英雄のこと
は、何故か好きになるようです。
第1巻でほぼイタリア半島の北部をのぞく地域を支配できたローマが、シチ
リア(シシリー島)をめぐって、当時地中海を我が海としていた、フェニキア
人のカルタゴと覇を争うことになります。海軍力をほとんどもっていなかった
ローマは最初は苦戦しますが、どうやら勝利します。これが第1次ポエニ戦役
です。実に23年間の戦争でした。もうすべてのローマ人はもう両国の間に戦
争はおきないと考えていました。ほとんどのカルタゴ人も。
しかしカルタゴの中で、唯一ローマに対して敢闘したハミルカルとその1族
のみはローマに勝利しなければカルタゴの未来はないと考えたようです。この
ハミルカルの息子がハンニバルでした。
ハンニバルはイベリア半島でカルタゴの力を蓄えます。そしてやがて行動を
起こします。用意周到に準備しています。ローマの宣戦をうけるや、彼はピレー
ネー山脈を越え、ガリアの野を横断し、アルプスを越え、イタリア半島に進入
します。ローマはどんなに驚愕したことでしょうか。約2,000年後にナポ
レオンもこれに習って、アルプスを越えるわけです。しかし、この時代、アフ
リカの兵を率いて、しかも37頭の象をつれ、しかも初雪のつらつきはじめる
時期にです。
イタリア半島に入ってからは、ハンニバルは連戦連勝します。彼は会戦に負
けたことはありません。だが実にハンニバルはこの半島で16年戦い勝利続け
なければなりませんでした。ローマは会戦で敗北しても敗北しても、降伏もし
ないのです。
どうしてなのでしょうか。その答えがこの著者のこの物語なのだと思います。
ローマ人の面白いところは、何でも自分たちでやろうとしなかったとこ
ろであり、どの分野でも自分たちがナンバー・ワンでなければならないと
は考えなかったところであった。もはや完全にローマに同化していたエト
ルリア人は、あいもかわらず土木事業で腕をふるっていたし、南伊のギリ
シア人は通商をまかされていた。シチリアが傘下に加わって本格的にギリ
シア文化が導入されるようになって以降は、芸術も哲学も数学もギリシア
人にまかせます、という感じになってくる。このローマ人の開放性は時代
を経るに従ってますます拡大していく
(「第二章 第一次ポエニ戦役後」)
ローマ人は、今の言葉でいう「インフラ整備」の重要さに注目した、最
初の民族ではなかったかと思う。インストラクチャーの整備が生産性の向
上につながることは、現代人ならば知っている。そして、生産性の向上が、
生活水準の向上につながっていくことも。
後世に有名になる「ローマ化」とは、「インフラ整備」のことではなかっ
たか。そして、ローマ人がもっていた信頼できる協力者は、この「ローマ
化」によって、ローマの傘下にあることの利点を理解した、被支配民族で
はなかったかと思う。 (「第二章 第一次ポエニ戦役後」)
もはやこうしたローマからは、ハンニバルが予定していたローマ傘下の民族
がローマを離反するということはなかったわけです。もちろん連勝のハンニバ
ル側につくイタリア半島の都市もそのうちにはでてくるわけですが、それにし
てもこうしたローマはハンニバルに予想をこえた強さだったのだと思います。
そしてローマはどうにも強すぎるハンニバルそのものとは会戦しないようにし
ていきます。ハンニバルが勝利つづけるため戦線を拡大すると、ハンニバル自
身のいないところでカルタゴ軍を攻めつづけます。そしてシチリア、イベリア
半島ではカルタゴ軍に勝利し続けます。このイベリア半島で勝利するのが、ス
キピオ、のちに大アフリカヌスといわれた若きローマの将軍です。
第二次ポエニ戦役の舞台に、もう一人の天才的な武将が登場する。私に
は、アレクサンダー大王の最も優秀な弟子がハンニバルであるとすれば、
そのハンニバルの最も優れた弟子は、このスキピオではないかと思われる。
そして、アレクサンダーは弟子の才能を試験する機会をもたずに世を去っ
たが、それが彼の幸運でもあったのだが、ハンニバルの場合は、そうはな
らなかったのであった。 (「第四章 第二次ポエニ戦役中期」)
私はこの第四章の終りのこの文で、もうかのザマの戦いで、ハンニバル軍の
先頭の象軍がスキピオ軍の間を走り抜けさせられ、やがてカルタゴ軍が敗北す
ることなどをを頭に描いてしまい、涙が浮んできて、本を閉じて、電灯を消し
てしまいました。ただ眠る気にもならず、再度明りをつけ、まったく関係ない
本を1冊読んだあと、また読みはじめました。どうしたって、ハンニバルが敗
北してしまったのが歴史だったのですから。
だが、読んでいくうちに、それほどの悲しい気持にはなりませんでした。そ
れはハンニバルを破ったスピキオの人なつこく開放的な性格と、彼があくまで
敵であるハンニバルを敬愛していたことが強く感じられることでしょうか。
スキピオの活躍でハンニバルはイタリアを離れ、カルタゴ本国でスキピオと
対決することになります。これがザマの戦いです。ハンニバルの弟子であった
スキピオはハンニバルの戦いを充分に学んでおり、ハンニバルに勝利します。
第二次ポエニ戦役もカルタゴの敗北で終ります。
しかしこの戦いで興味深いのは、ザマの会戦の前夜、ハンニバルとスキピオ
が二人きり(もちろん通訳はいたことだろうが)で会見していることです。ま
ずこのようなことは古今東西の会戦の中でまず他には皆無なことだと思います。
またのちに紀元前193年にローマとシリアの戦争のときにも、この二人の英
雄はロードス島で会見しています。ザマの戦いから9年後のことです。このと
きの会見はかなり興味深い話をしています。是非とも読んで、ハンニバルなり
のひととなりを知っていただきたい気がします。
この第二次ポエニ戦争後、さらにマケドニア、シリア等々との戦争を経て、
再度カルタゴとの戦争でスキピオの息子がまた活躍し、ローマは地中海全体を
我が内海とします。
私はこれを読みながら、私が子どものとき胸躍らせて読んだ「プルターク英
雄伝」の中のハンニバルの活躍とその敗北の姿に涙したことと、また同じよう
にまた著者も筆を躍らせているように思いました。しかし読み終ってみると、
著者はただハンニバルの物語を書いているのではなく、これによってローマと
いう国家のことを克明に読者に伝えようとしています。そしてあらゆるところ
で、我が日本という国家にいつも眼を向けているのだということも、私は感じ
てしまうのです。
ローマが偉大であり、ローマが永遠といわれるのも、こうした数々の戦争を
みてもそれがあくまでローマと敵国の戦争であり、その中に正義と不正議の戦
争であるというような概念を入れていないことです。従って、戦争後に戦敗国
の指導者への戦犯裁判などありえないわけです。いったいいつから人類は、戦
争に正義と不正議の戦争というような観点をもちこみはじめたのでしょうか。
この著書が「ハンニバル戦記」と題名がついているように、ほとんどがハン
ニバルとの戦争に著述が割かれています。もっと出てくるのかなと思っていた、
スキピオの反対派の大カトーなど、あまり筆が及んでいません。それも私が何
故か深く納得してしまうところです。
同年輩であるのにスキピオは、カルタゴ人に父を殺され叔父を失い、舅
を殺されていながらも、過去よりも未来を見る性向が強かったが、反対に
カトーは、過去を常に振り返っては今のわが身を正すタイプであったのだ
ろう。
この両人の対立は、あらゆる面から、宿命的ではなかったかと思われる。
(「第七章 ポエニ戦役その後」)
このスピキオとカトーの対決が、やがてはカエサルとブルータスとの対決の
姿にもなるのだなと私には思えてなりません。
それにしても、やはりこのハンニバルとの戦いに勝利したことこそが、ロー
マを大きく次の時代へ進めることになるわけです。ただその中でもやはり、こ
のローマとの戦争にのみ生涯をおくったハンニバルという英雄に誰もがひかれ
ていくのだと思います。
…………寒さも暑さも、彼は無言で耐えた。兵士のものと変らない内容
の食事も、時間が来たからというのではなく、空腹を覚えればとった。眠
りも同様だった。彼が一人で処理しなければならない問題は絶えることは
なかったので、休息をとるよりもそれを片づけることが、常に優先した。
その彼には、夜や昼の区別さえもなかった。眠りも休息も、やわらかい寝
床と静寂を意味はしなかった。
兵士たちにとっては、樹木が影をつくる地面にじかに、兵士用のマント
に身をくるんだだけで眠るハンニバルは、見慣れた光景になっていた。兵
士たちは、そのそばを通るときには、武器の音だけはさせないように注意
した…………… (「第六章 第二次ポエニ戦役終期」)
読者の誰もが、このカルタゴの兵士たちと同じように、このハンニバルをゆっ
くりと眠らせるために音を立てないでいたいと思うに違いありません。
勝者の混迷
書名 勝者の混迷 ローマ人の物語V
著者 塩野七生
発行所 新潮社
定価 2,200円
1994年8月5日発行
「ハンニバル戦記 ローマ人の物語U」を読み終ったときに、1年後に出され
る「ローマ人の物語」は。「次はグラックス兄弟の話になるのだな」と思って
いました。そして塩野七生は、どのようにグラックス兄弟の改革が失敗に終っ
たのかを私たちの前に彼女らしい筆の運びで提示してくれるのだろうと思って
いました。
この本の扉に次のようなハンニバルの言葉があります。
いかなる強大国といえども、長期にわたって安泰でありつづけることは
できない。国外には敵をもたなくなっても、国内に敵をもつようになる。
外からの敵は寄せつけない頑健そのものの肉体でも、身体の内部の疾患に、
肉体の成長に従いていけなかったがゆえの内臓疾患に、苦しまされること
があるのに似ている。
………ハンニバル……… (リヴィウス著『ローマ史』より)
苦しいハンニバル戦争に勝ちぬき、やがてカルタゴを滅ぼし、地中海を我が
海とするローマに次の試練の時代がやってきます。それがこの巻で扱われる
第一章 グラックス兄弟の時代
第二章 マリウスとスッラの時代
第三章 ポンペイウスの時代
の各章になっていくのです。ローマがイタリア半島の国家から、地中海の大帝
国(もっとも政治形態は共和制国家である)になっていきます。その過程でハ
ンニバルがいうところの内部疾患に苦しんでいくことになります。この過程に
耐えられず衰えてしまった強大国もこのローマの他過去未来に渡っても多々あっ
たことでしょう。ローマはいかにこれを乗り超えていくのでしょうか。
そもそもこの内部疾患とはどのようなことなのでしょうか。ちょっと象徴的
にいうとローマで各コロシアムで格闘技などを見ていた大衆はいったいどのよ
うな人たちなのでしょうか。映画などでみる限り、彼等は昼間から葡萄酒を飲
み、競技に熱中しています。彼等は働いていません。自分で耕していた耕地を
手放さざるをえなくなり、ローマに流入して、小麦を支給されている遊民なの
です。なぜあのような大衆が増えてしまったのでしょうか。もはや彼等は低年
収、低資産ですから、兵役にも応じられません。戦争に行っても、その間残っ
た家族が食べていけないような市民には兵役の義務はないのです。だがこのよ
うな民が増えていきます。
ローマが次第に拡大していくと、大量の奴隷を使用した農園が増えていきま
す。奴隷には兵役の義務はありませんから耕作に専念できます。当然自作農よ
りも生産性は高くなります。また属州が増えることにより、安い小麦が大量に
ローマに流入してきます。小規模自作農は次第に没落していきます。しかし、
この自作農がローマの強い軍隊の中心部隊だったはずなのです。各地の反乱に
敗北するローマ軍が出てくるようになります。
当初はギリシアの各ポリスのような都市国家であったローマも次第に拡大し
ていきます。しかしローマの領土が増大するのではなく、各イタリア半島の各
部族はローマ連合という中の連携した仲間であるわけです。この連合はハンニ
バル戦争のときは強力でした。ハンニバルに負けても負けてもローマと一緒に
戦っていきます。これらの強力なローマ連合の構成部族が、ローマ市民権を求
めていきます。それが受け入れられないときに、ハンニバルにはあくまで抵抗
した各部族もローマに敵対して戦いにはいります。まさしくこうした混乱がこ
の時代でした。
この時代を、このローマをあくまで改革していこうとしたのがグラックス兄
弟であり、それが失敗に終るや、マリウス、スッラが実力でローマを支配し、
ローマを変えていきます。もはや平民と貴族あるいは閥族との間の争覇という
ような視点ではとらえられない時代になってきます。次のポンペイウスの時代
でも同じです。なんだか、ローマは強力な指導力を発揮できる英雄の登場を待っ
ているようです。
プルタルコスを読むと、この英雄にはポンペイウスこそ相応しいように思っ
てしまいます。彼はまさしく常勝将軍です。しかしもちろんプルタルコスはポ
ンペイウスではなく、その本当の英雄を登場させるわけです。事実としての歴
史も、ローマも、そして塩野七生も、その英雄の登場を待ちこがれているよう
です。それがユリウス・カエサルの登場になります。だがそれは次巻の話になっ
ていくわけです。
いよいよ次巻のカエサルの活躍こそ、この著者が一番に書きたいことだと思
います。この「ローマ人の物語」を書きながら、塩野七生は必死にカエサルと
会話しているように想像します。どうしてローマにカエサルの登場が必要にな
り、かつカエサルこそ「永遠のローマ」を造り上げた一番象徴的な存在である
と彼女は考え、私たちもそれをそのまま読んでいくことになるのだろうと思っ
ています。
私はこの巻も第2巻の場合と同様に発売日の8月5日に手にいれ、すぐに読
んでしまいました。昔プルタルコスで知った多くの英雄たちが出てきて、なん
だか懐かしいのと、だがどうしてか著者の筆が次の巻、次の巻へと向いている
ばかりのような気がして、なにか気ぜわしいような、なにか落ち着かないかの
ような印象が残りました。




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更新日:2006年11月07日


