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はじめに 私は高校1年のときから、かなり映画を見るようになりました。当時私は家 族と離れて鹿児島市の鶴丸高校に入学し、下宿生活をしていました。休みの日 になると下宿にいても面白いこともないので、映画館へ行っていました。また 同級生たちもよく映画は見ていました。だから彼らと会話をしていくのにも、 映画は毎週見ていないとならない感じでした。 それが大学生になると、これもまた、友人たちと話していくのにも、本ばか り読んでいるわけにはいきません。映画もいろいろな傾向のを見なければなら ない感じでした。ただ学生運動で忙しいこともあったわけですが、ときどきは、 映画館に通ったものでした。そして学生運動・学園闘争も70年闘争の敗北の 色が濃くなった頃から、私は(いや私に限らないのだが)ヤクザ映画にのめり こんでいきました。池袋文藝座の土曜日のオールナイトは何度も何度もいきま した。 社会人になっても、このヤクザ映画に関しては見続けました。それが長く続 きました。32歳のときから勤めた赤坂の広告制作会社でも、私はいつも二日 酔いでした。だがこの二日酔いがあまりに強烈なときには、もう会社を抜け出 して(ロケハンと称した)新宿の昭和館へ行きました。ご存知のように昭和館 はヤクザ映画3本立てなのですが、3本のうちに1本くらいは私の見ていない 映画があるものなのです。そして私のデスクの上の電話には電話帳の真っ先に 「昭和館」の番号が記されており、私はいつも電話して、上映時間を聞いてい ました。 だがそのうちに、昭和館でも3本のうち3本とも見ているということになり ます。そうすると、今度は浅草の六区の専門館へいきました。ここでは大映と か松竹のヤクザ映画までやっていました。 そんなことを続けてきたのですが、40代を過ぎたあたりからは、もうほと んど映画館へ行くことは年に数度ということしかなくなりました。そのかわり ビデオが普及しはじめたからです。ただし、私の住んでいる町のビデオ屋は、 このヤクザ映画のビデオはまったく充実していません。だからもう同じビデオ を何度も繰り返し見ております。 こうして私の見てきた映画をヤクザ映画に限らず、いくつか紹介していきた いと考えました。それがこの部屋です。 今後もっと書いていきたいのですが、本の書評と違って、映画について書く のはけっこう大変だなと思っているところです。何故大変なのか、だからこの 「周の映画館」のUPが何故すすまないの言い訳はココに書いてあります。 ただ、けっこうたくさん方からご意見やご希望・質問をいただくページであ りますので、なんとか今後もUPしていかなければならないなと思っています。 目次は映画の題名のアイウエオ順です。(2003.04.29) |
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更新日:2005年06月06日