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題名 懲役太郎まむしの兄弟
封切 1971年6月
監督 中島貞夫
配給会社 東映
キャスト
ゴロマサ 菅原文太
カツ 川地民夫
婦警早崎の恋人 佐藤友美
竹花組代貸
梅田和三郎 葉山良二
マサの彼女 三島ゆり子
カツの彼女 女屋実和子
チンピラ 川谷拓三
山北組組長 天津 敏
彫り師彫金 河野秋武
七雄会早崎 安藤 昇
この「まむしの兄弟」シリーズは、ヤクザ映画の中でもB級作品といえるの
かもしれません。これはこの「懲役太郎」を最初にして、以下のように続きま
した。
71年10月 「まむしの兄弟お礼参り」
72年2月 「まむしの兄弟懲役十三回」
72年8月 「まむしの兄弟障害恐喝十八犯」
73年2月 「まむしの兄弟刑務所暮し四年半」
73年9月 「まむしの兄弟恐喝三億円」
74年3月 「まむしの兄弟二人合わせて30犯」
その他このシリーズの番外編として以下の作品があります。
74年8月 「極道VSまむし」
75年3月 「まむしと青大将」
この時期は東映が大量にヤクザ映画を作っていた時代ですが、この「まむし
の兄弟」はそれほど当たったとはいえないかと思います。ただ東映にとっては、
なんとか鶴田浩二、高倉健と並ぶヤクザヒーローを育てたかったところであり、
またかなり違う形のヤクザ像を菅原文太という俳優の中に見いだすことが出来
たかと思います。これが、同時期に作られた、「人斬り与太」シリーズを経て、
そして73年1月封切りの「仁義なき戦い」の文太像に結実されているように
思います。ちょうど75年2月封切りの「仁義の墓場」の主役石川力夫も、本
来なら渡哲也ではなく、菅原文太であるほうが、東映の流れのなかでは当たり
前だったように思います(もっとも渡哲也でよかったわけだが、私は菅原文太
の演ずる石川力夫像も見てみたいのだ)。
さてこの「まむしの兄弟」シリーズの第1回作品です。これまで日活の俳優
であった川地民夫が菅原文太の弟分として出てきます。その川地民夫のいいこ
とったらありません。なんだか彼はこうして東映のヤクザ映画の、しかもこう
したどうしょうもないチンピラヤクザ役をやると、本当に生き生きとしていま
す。なんだかスクリーンの彼の笑顔を見ていると、とにかく嬉しくなってきて
しまいます。
最初刑務所からマサが出てきて、カツが迎えにくるシーンから始まります。
二人は戦後の焼け跡の闇市の中で知り合いました。カツはサーカスで育てられ
ていたようです。そしてそのあといろいろな悪さをして、二人とも前科12犯
になっています。先に出所したカツが兄貴分のマサを出迎えているわけです。
二人とも親も兄弟もいません。この血のつながっていない二人が、どこの組に
も属さないで盃交わした義兄弟なわけです。しかし、こうしたことは映画の中
で回想シーンがあったりするわけではありません。二人の会話を聞いているな
かで判ってくることなのです。
マサは昔孤児ということで施設に入れられていたようです。貧しい15歳で
おでん屋をやっていて、弟と妹二人を見ている女の子とその子たちを施設にい
れようとしている婦警にいう言葉がなかなかいいのです。
こいつら、ノラ犬でも集めとるつもりなんや。
施設も少年院も警察も、人間のクズつくるところや。
こいつらから、エサもろたらいかん。
俺らは自分らでやりぬくんや。
マサは今の自分のようになって欲しくないのです。マサもカツも、レストラ
ン行っても、料理を満足に注文もできません。カツは何か相手に言われると、
判ったふりしてすぐにその言葉の意味をマサに聞きます。マサだってさっぱり
判らないのです。
二人は、ちっとも格好よくありません。ひどい与太者です。ごろつきです。
喧嘩だって、健さんのようには圧倒的には強くありません。すぐやられて、た
たき出されたり、簀巻きにされて川へなげこまれます。大昔にある女性とデー
トでこのシリーズを見たことがあります。
彼女「え、この二人あまり強くないの?」
私「そう…、でも見ててごらん、しつこく強いんだから」
というような会話しました。二人はやられてもやられても、やり返すのです。
竹花組の代貸梅田は「おまんら、なんでそないな無茶 さらすね」といいます。
本当に無茶苦茶です。ただただしつこく、そのしつこさだけで相手は根を上げ
てしまいます。そこで、この二人は「まむしの兄弟」といわれることになります。
また彼ら二人の彼女(?)になる二人の女とも、この回で知り合います。私
は、三島ゆり子も女屋実和子も、こうしたヤクザ映画にでていると一番生き生
きしているように思います。東映の役者って、男も女もヤクザ映画に出ている
のが一番向いているように思いますね。
七雄会の幹部早崎にはこのしつこい二人も貫禄負けしてしまいます。それで
早崎に負けまいと、早崎が背中にしている龍の入れ墨を真似て、大蛇の入れ墨
を入れようとします。しかしこの二人は彫物入れるのもあまり格好よくはあり
ません。それが最後になって表われてきます。
この時の彫り師が河野秋武なのですが、私はどうしてか黒沢明「わが青春に
悔いなし」の学生服姿の河野を思い浮べてしまい、なんだか不思議な気持になっ
てしまうのです。あの映画での検事となった糸川(河野秋武)は、戦争中原節
子に会ったあと、どうしてか流れ流れて、彫り師になって今こうしてまむしの
兄弟に墨を入れているのかなんて思ってしまうのです。
最後二人は汚い山北組に殴り込みにいきます。代貸しを山北組に殺された山
花組は誰もが逃げてしまいますが、二人は山花組が用意していた殴り込み用の
トラックで出かけます。そのトラックの中で、カツがハーモニカを吹きます。
マサ「兄弟! その歌は何ちゅう歌や?」
カツ「何や知らん、ガキの頃よう聞いた歌や。この歌を聞いてるとな、女
の顔が見えてくるんや」
(ここでその歌が、女の声で歌われます)
あめのしょぽしょぽ ふるぱんに
からすのまとから とをたちて
まんてつのきんぽたんの ぱかやろう
あかるのかえるの とうしゅるの
はやくしぇいしん ちめなさい
ちめたらけたもて あかんなしゃい
カツ「もしかしたら、おふくろかもしれんな」
マサ「おふくろけ」
マサもカツも母親を知らないのです。ただこれではっきりしてきます。カツ
は韓国朝鮮から連れてこられた女性から生まれた子なのです。でもカツはその
ことは判らないでしょう。マサだって判りません。それどころか、映画の中で
も何の説明があるわけでもありません。観客だって、ぼんやり見ていたら、何
も判らないでしょう。
雨と泥の中で、二人は山北組全員と闘います。とうとうやり抜いて、泥だら
け血だらけで、二人は「これで一緒に13回目の懲役に行こう」と肩を組んで
歩いて行きます。映像は少しも綺麗ではありません。その二人の肩に雨が強く
降り掛かります。泥が流れ落ちます。だが泥と同時に、彫物の墨も落ちていく
のです。実はまだ入れ墨は完成していなかったのです。二人は中途半端なまま
この殴り込みになってしまったのです。でもやらないわけにはいかなかったの
です。
その二人のうしろ姿に、また女の声で歌が唄われます。
ああまたたれか たまされた
ごじゅせんきんかと おもうたに
ふりぴんのせんかよ たましゃれた
(1994.01.04)
上のUPで「まむしの兄弟」の第1作を紹介しました。映画館で見るのはで
きなくとも、ビデオならいつでも見られると思います。ぜひ見ていただきたい
ものです。やくざ映画というのは、かなりの朝鮮韓国問題を扱っています。私
が知る限り、文学よりもこのヤクザ映画での斬り込み方のほうが鋭どさを感じ
ます。
この「まむしの兄弟」の第1作でも、カツの母親は戦前に日本に来た朝鮮韓
国の女性であるわけです。だが何故か、子どもとは離ればなれになってしまっ
たわけです。カツは焼け跡の闇市でただすばしっこさだけで生きてきました。
そこでマサと知り合ったのです。
この殴り込みのときに、自然とカツはハーモニカを吹きます。そして自然に
出てくる歌が故郷の歌なのです。でも、カツにはそのことのわけは判りません。
一体なぜ自分がその歌を覚えているのかも判らないのです。そしてその歌と同
時に、ある女の顔がカツには浮かんできます。それが母親かも知れないなとチ
ラっとカツは思います。
マサのほうは、もっと何の記憶もありません。なんで、この二人は何のため
にもならない殴り込みに出かけるのでしょうか。
戦後という社会は、こうしたことを深く深く内包して、ただただ時間だけが
進んできたのだなと思います。
二人が雨の中、傷だらけで歩いていく背に、おんなの歌が流れるのです。映
画は決して、この二人の行動を肯定しているわけではないのです。「ああ、ま
たたれかたまされた」という女の歌が実に哀しく耳に残ります。
(1999.02.16)
ここで唄われる歌は、「暴動シネマ刑務所」のチーム政若頭ダボ政さんに
よりますと、以下のようです。いやはや、こうして正確に知ることができて嬉
しいです。私はビデオで聞いて、懸命にメモしただけでした。でも素晴らしい
サイトがあるものです。感激しています。
「満鉄小唄」
作詞・作曲 不明
雨のしょぼしょぼ降る晩に
ガラスの窓からのぞいてる
満鉄の金ボタンのばかやろう
あがるの帰るのどうするの
早く精神決めなさい
決めたら黙ってあがんなさい
ああ騙された 騙された
五十銭金貨と 思うたに
ビール瓶の栓かよ 騙された
(上記「暴動シネマ刑務所」内の「まむしの兄弟 名曲アルバム」より引用)
(2002.07.12)
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題名 東京日和 封切 1997年10月 原作 荒木陽子、荒木経惟 監督 竹中直人 配給会社 東宝 キャスト ヨーコ 中山美穂 島津 竹中直人 水谷 松たか子 高橋 田口トモロヲ 外岡 三浦友和 阿波野 森田芳光 バーのママ 中島みゆき 車掌 荒木経惟 私は中山美穂という女優が少しも好きではありませんでした。だがこの映画 を見た途端に、ファンになってしまいました。この映画は彼女のためにこそあ るような気になってしまいました。 この映画では、東京で普段見慣れている風景がいくつも出てきます。私の事 務所の周りを島津がカメラを持って歩いている姿がいくつもあります。映像の 中に、それがあまりに普段接している風景なので、ハッとしてしまいます。そ してそれは私もまた好きな風景なのです。 何を書けばいいのだろうかと迷います。
男女の愛というのは、何なのだろうかなんて考えました。恋というのは、互 いに同じ程度に惹き合うわけではありません。50%と50%で愛し合う関係 ならいいのでしょうが、時間の経過の中ではそんなことばかりではありません。 そして互いに二人だけの関係ではなく、その二人にはたくさんの他の要素が関 わってきます。時代の情況もあるし、家族や職場の人間関係もあります。 私も激しく恋をした気でいます。私が一方的に惚れて、一方的にいろいろな 関係を作ってしまいました。ただ今から思えば、私の相手にとっては、私の身 勝手に哀しい思いばかりだったでしょう。私が100%惚れているということ で、私こそが相手のことばかり想っているのだと思い込んでいましたが、相手 のほうも、私のことを必要とする時には、私のほうが、まったく別な世界にば かり向き合っているということがあったことだと思います。それこそ、哀しい 思いばかりさせてしまったことでしょう。 ヨーコ「あなた、私に、やさしすぎやしない?」 島津 「…………え?」 「ちょっと待ってよ。どういうこと?」 ヨーコ「え?」 島津 「やさしすぎるって……それ、どういうことなの?」 ヨーコ「………」 島津 「え!?」 ヨーコ「見ないで欲しいのよ、私のことを、そんなに」 島津とヨーコの二人きりの部屋での会話です。このヨーコの最後の言葉を解 説するのは難しいなと思います。だが、女であれ、男であれ、二人の愛のある 瞬間には、こうした言葉を出したい思いのときがあるのではないでしょうか。 私が一番好きな場面は、島津とヨーコが東京ステーションホテルでデートす るシーンです。私自身もあのホテルが好きなのです。そしてそのホテルの中に あるカメリアというバーでのシーン、バーテンと島津の会話がなんだかほっと します(いやバーテンは「暗くないですか?」というだけですが)。ときどき あのバーで独りで飲んでいる私は、なんだかあんなゆったりした時間がほしい からそこにいる気がします(もっともなるべく時間を考えないと、あそこは混 んでいて困ります)。 南口の構内から見上げるヨーコを島津がホテルの廊下からカメラを向けると ころなんか、私には一番好きになれるシーンです。あのように、私も自分の好 きな女性(ひと)を見ていられる瞬間があれば、それこそ人生は最高ですね。 この物語はひたすら二人のことしか描きません。二人が相手のことだけを想っ て、それだけで生きられるならいいのですが、実際にはそれではすむわけがあ りません。私たちの場合には、それが時代の情況であったり、生活をしていく ことへの苦難だったりしました。このヨーコと島津の場合には、二人のことだ けで終始することができないことが、やがてヨーコの死に至ります。これは悲 しくて堪らないことなわけですが、これで島津はきっと何かの世界を獲得でき るきっかけをつかんだといえるのではないかと思います。私もそうだったのか もしれないな、なんて思いがしてきました。恋の相手を失うことは、計り知れ ないほど悲しいことではあるけれども、なんらかのことを自分にもたらしてく れたような気がしています。 この映画を私はビデオにて2度見ました。一度目は妻と二人で、2度目は家 4人全員で見ました。 でもいい映画というのは、何度も見ると、そのたびに新しいなにかを発見す るものです。 映画というのは、実際に映画になるものよりも、その数十倍、数百倍のフィ ルムがあるわけでしょう。だから放映されないでしまうシーンがたくさんある わけです。それとシナリオにはあっても、無くなってしまうところがあったり、 違う展開になる場合もあるのでしょう。そんなところを想像していくのも面白 いものです。 柳川でのシーンもひまわりの花も何もかもがいいですね。東京物語
笠智衆が亡くなったときに、経験したことです。 ある日の夕方川口のクライアントからの帰り、ある谷中の飲み屋街に寄りま した。当日は午後二時から飲んでいて(このクライアントではいつもそうなん です)、割合早く切り上げてきましたが、もう事務所に戻る気がなく、その飲 み屋街に寄りました。でもまだ四時半頃でしたから、いつも馴染みの店はやっ ていません。のれんがかっているTという店があって、そこへ入りました。で もなかなか誰も出てきません。やっとベレー帽の六〇代のマスターが出てきて くれました。初めてのお店でしたので、黙って静かに飲んでいました。 しばらく黙って飲んでいましたら、 マスター あの、ビデオって分かりますか。……『東京物語』が四千円で 売っているんですが、簡単に見られるものなのですか? 私 ああ、ビデオって操作は簡単ですよ。レンタルで借りることも できるし、それにしても四千円とは安いですね。 という会話が最初でした。それでそれから、ひとしきり小津安二郎「東京物語」 の話になりました。二人で丁寧に話していきました。私もかなりいろいろな場 面を思いだしながら話しました。東山千栄子のこと、もちろん原節子のこと、 そして笠智衆のこと。マスターが忘れているシーンも私が補足したりしました。 それでなんですが、どうしてか、その会話の中で私は小津安二郎の「東京物語」 が分かった気がしてきたのです。
題名 東京物語 封切 1953年11月 監督 小津安二郎 配給会社 松竹 キャスト 平山周吉 笠 智衆 とみ 東山千栄子 紀子 原 節子 平山幸一 山村 聡 金子志げ 杉村春子 文子 三宅邦子 京子 香川京子 沼田三平 東野英治郎 金子庫造 中村伸郎 いったいこの映画は何がいいのでしょうか。老夫婦が尾道から東京に訪ねて きて、また尾道に戻り、そこで妻のとみがなくなる。お葬式に子どもたちがやっ てきて、最後に次男の未亡人紀子だけが、周吉のところへ残る。ふたりで海を 見ているシーンが印象に残ります。画面はただ何事もないように淡々と進行し ます。両親の世話をまったくみない実の子どもたちも、血がつながっていない のに、尾道にしばらく残る紀子も、どちらがよくて、どちらがいけないという ふうには描きません。なんら泣き叫ぶ場面があるわけではないし、なにか哀し いなとつぶやくところがあるわけではありません。しかし、こうして昭和二〇 年代にいわゆる古い「家族制度」や古い「親と子」の関係が崩壊していったの でしょう。 しかし、こうして淡々とすぎていく中にも、私たちは、そこに出てくる誰も がまたたいへんな日々をおくっているのだということを知っています。愛する 夫を戦争で失った紀子には、義父と見る海はまた違った感慨を抱かせるはずで す。だれもがそうした思いをもち、それを口にださないまま、毎日淡々と生き ているわけです。 最初老夫婦が東京に行くときに、隣家の主婦に羨ましいと声をかけられ、最 後にまた周吉は声をかけられます。まったく同じ光景なのですが、もう周吉は ひとりなのです。本当なら泣き叫んでもいいような悲しさなのですが、笠智衆 は同じようににこやかに返事をします。 この淡々と進む中で、やはりひとつ涙を見せるのは、原節子です。こらえて いた感情が崩れおちるように、静かに泣き崩れます。泣けない笠智衆を見てい ると、原節子の涙には、もっともっと泣いてもいいのだ、笠智衆の分も泣いて くれと思ってしまいます。 こんなことを「田村」で話ながら、私は「東京物語」が少しは前よりも分かっ たような気になったものです。 その日は、歌も唄わず、めずらしく静かに飲んでしまったものでした。 笠智衆の霊に合掌します。 (1993.03.19)
更新日:2005年06月06日