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博奕打ち総長賭博

題名  博奕打ち総長賭博
封切 1968年1月
脚本  笠原和夫
監督 山下耕作
配給会社 東映
キャスト
 中井信次郎 鶴田浩二
 松田鉄男   若山富三郎
 石戸孝平    名和  宏
 中井つや子  桜町弘子
  松田弘江    藤  純子
  仙波多三郎  金子信雄
  右翼        佐々木孝丸






  この映画はヤクザ映画の最高傑作といわれています。とくに三島由紀夫が絶
賛していました。ところが、私にはどうしてもこの映画を好きになることがで
きませんでした。見ているのが、なんだかつらすぎるのです。それでも何とか
判りたいと思って何度も見てきました。そして何度も何度も見ることによって、
やっと何かがつかめたような気持になってきました。

  私が一番理解できず、かつ不満だったのは桜町弘子扮するつや子が手首を切っ
て死ぬところでした。どうして彼女が死ななければならないのだろうと不満だっ
たのです。夫信次郎と約束していたことが果たせなかったから、彼女は死にま
す。夫へのそれが義理のたてかたなのです。だがこれはあまりに不条理の世界
です。どうしたってつや子が死ぬのはもう必然の道のように用意されてしまっ
ているのです。その道以外にはいきようがなく、判っているのに死に向ってい
くのです。だからいくら私が不満であっても、つや子はその道をそのまま行く
しかないのです。
  実はこのつや子の死がすべて、この物語全体に流れていることを象徴してい
ます。誰もが避けることができないかのように、破滅に向っていきます。ちょ
うどギリシアのオイディプスの悲劇のように、誰もその悲しい運命から逃れる
ことができません。これまたなんという悲劇の世界なのでしょうか。これはや
はりやくざの世界だからなのか、それとも日本自体がこうしたことを抱え込ん
でしまっているのかと考えてしまいます。

  天竜一家の総長荒川が病に倒れ、その跡目相続が問題となります。本来なら
松田鉄男が継ぐべきなのですが、彼は今刑務所に務めています。中井は推挙さ
れるのですが、本来自分は天竜一家の人間ではないので辞退して松田を押しま
す。だが荒川の舎弟分の仙波は松田の舎弟分の石戸を指定し、彼が二代目総長
を継ぎます。仙波は石戸なら、自らの思うままになるから跡目にしたのです。
ちょうど時代は昭和9年のこと、仙波は天竜一家を解散して国家の期待する右
翼団体として生きていきたいのです。
  跡目相続の花会「総長賭博」の準備は中井の仕事になります。この花会の一
カ月前に松田が出所してきます。松田は中井の妹弘江を妻にしています。松田
は組の跡目の決定に不満です。自分でなく、中井が継ぐのならいいのだが、石
戸では認めるわけにはいかないのです。それで花会をつぶそうとしています。
やくざの掟、いわばしがらみによって、中井は松田を止めなければなりません。
だが、松田は石戸を襲います。中井は仙波に責められ、心ならずも松田を刺し
にいきます。
  自分の夫松田を殺した、自分の兄に対して、弘江がいいます。

      この人殺し(これをわりとゆっくり茫然として、「このヒト、コロシ」
    というようにいいはなつ)

  石戸は松田による怪我の中でも、花会を立派にやりとげますが、自分が利用
されていることを知ったときに、仙波に殺されます。仙波は中井も殺そうと刺
客を向けます。だが逆に中井は、仙波を刺します。中井にとって松田は兄弟分
であり、義理の弟でもあり、先代荒川の舎弟である仙波はいわばおじきなので
す。やくざにはなんら仁も義もあるわけではなく、人情などひとけらもありま
せん。つまらない掟があるだけなのです。仙波を刺すときの、

     仁侠道?  そんなものはねえ、俺は、ただのケチな人殺しなんだ

という鶴田浩二のことばが耳に残ります。何もすっきりしません。そのあと中
井は長い懲役刑を受け、獄中で死ぬことが字幕で書かれて、この映画は終りま
す。
  この映画の登場人物たちは、誰もどこへも逃げようがないのです、ただただ
破滅へ向ってひたすら走り続けるのです。
  おそらく山下耕作は3年前に封切られた加藤泰の「明治侠客伝三代目襲名」
を見て、かなり意識してこの映画を作ったような気がします。「そんなにやく
ざ映画は甘くはないんだぜ」という気持があるような気がするのです。だがや
はりどうにも、「幼いな」と言われたとしても、私は「三代目襲名」の方を好
きになってしまうのです。                   (1994.11.24)



初恋のきた道
 2000年12月に封切られた映画です。ベルリンとヴェネチアの両映画祭
で賞を受賞しました(第50回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞)。たぶん、ど
の映画祭でも、最後は拍手が沸いたことでしょう。それは誰もが自分の中に持っ
ている初恋への懐かしい優しい気持が、そのまま拍手になって行ったように思
います。

題名 初恋のきた道
原題 我的父親母親  英語題名 THE ROAD HOME
封切 2000年
監督 張芸謀(チャン・イーモウ)
キャスト
  配役名         俳優名
 チャオ・ディ(18歳) チャン・ツィイー(章子怡)
 ルオ・チャンユー    チェン・ハオ
 ルオ・ユーシェン    スン・ホンレイ
 チャオ・ディ(母親役) チャオ・ユエリン
 中国華北の小さな村である三合屯
に、都会で働く成年ルオ・ユーシェ
ンが、父の訃報を聞いて戻ってきま
す。母親のチャオ・ディは、伝統の
葬儀をすると言って村の皆を困らせ
ています。息子のルオ・ユーシェン
も頑なな母の気持に困惑してしまい
ます。母親が言うのは、遺体のある
街からこの村まで、父の遺体の棺桶
を皆大勢で担いで運びたいというの
です。それが昔の伝統なのです。
「担いで運べば、亡くなった人には
家路が見えるという迷信」だと、皆
言っています。
 でも貧しい村の人たちは、ほとん
ど都会に出ています。担いでくれる
人もいないし、しかも雪の季節です
し、距離も遠いのです。車で運べば
すぐにできるのですが、母親は言い
続けます。
 そんな母親は、古い機織を直して、
棺に掛ける布を徹夜で織っています。
そんな母親の背中を見ながら、ルオ・
ユーシェンはそこにある父と母の写っ
ている写真たてに見入ります。写真
はモノクロなのですが、父母二人は
若く輝いています。この二人は、40年前に今ではこの村での伝説になってし
まった恋物語の中で結婚したのです。
 その村では誰でもが知っているだろう父母の恋物語を、息子が思い出してい
きます。

 突如、画面はモノクロから綺麗なカラーになります。そして最初に出てくる
のは、若くて綺麗な18歳のチャオ・ディなのです。ちょうど村には、街から
学校の先生が来るといいます。その先生を見に、村人みな集まっています。チャ
オ・ディもはじめて村に来る先生に興味シンシンなのです。
 先生がきます。それがルオ・チャンユーです。とても初々しい、かつなんだ
か真面目だけが取り柄の先生のようです。チャオ・ディは、そんな先生がすぐ
気に入ってしまいます。ルオ・チャンユーもちらちらとチャオ・ディを見てい
るようです。だってチャオ・ディは、村で一番綺麗で、しかもその日は彼女が
一番似合うだろう赤い(赤というよりもピンクに見えます)服を着ているので
す。
 村には、はじめて教員が来てくれたのですが、まだ校舎はありません。村の
男たち皆で、学校を建設しだします。校舎を作るのは、男たちの仕事で、女た
ちは働く男たちの食事を用意します。
 もうルオ・チャンユーに恋してしまったチャオ・ディは、自分の作った料理
を彼にこそ食べてほしくて、心を込めて作って、彼がこそ自分の料理があたる
ように工夫を凝らします。たぶん彼女が一番気に入っているのだろうう大きな
茶わんを使います。それに、村には井戸が二つあるのですが、チャオ・ディは
遠くのほうに出かけます。それは学校が近いからなのです。
 校舎ができて、ルオ・チャンユーは自分の作った教科書で、朗読をしていま
す。子どもたちもそれに唱和します。この先生の朗読する声をする声をチャオ・
ディは聞きにいきます。その学校にルオ・チャンユーが居たときには、それか
らチャオ・ディは毎日、この声を聞きにいきます。実に40年間そうしていた
のです。
 独身のルオ・チャンユーは、持ち回りで、村の皆の家に食事にいくのですが、
やっとチャオ・ディの家にやってきます。

   父がはじめて母の家に来たときに、入り口に立った母の姿は一幅の画の
  ようで、一生忘れない

とルオ・チャンユーは息子に語り続けたようです。見ている私たちにも、この
ときのチャオ・ディの笑顔が一番綺麗に思えます。
 チャオ・ディの家には老いた盲目の母親がいます。この母親の前でも、チャ
オ・ディはルオ・チャンユーへの恋心を隠しません。校舎作りのときに、自分
が作った料理を食べてくれたか、そのときの茶わんを覚えているか聞いてしま
います。ルオは

   覚えている。青花の碗だった

と答え、さらに、村にはじめてきたときに、チャオ・ディのことが気になった
ことも言います。彼女が来ていた赤い服を覚えているのです。
 ルオが自宅に来る前にも、恋するチャオ・ディが、ルオをいろいろなところ
で見つめているシーンがいつくもあります。章子怡は、ただただルオを遠くで
眺めているだけのとても素朴な少女のチャオ・ディをよく演じています。それ
がこの村の綺麗な自然の中で描かれていきます。
 だが、ルオが自宅に来て、さらに夕食も食べにくる約束をしたのに、その日
にルオは街に呼び帰されます。村人は
   右派だそうだ。2、3日で帰れるだろう。

と言っています。私も「いよいよ文化大革命か」と思いました。
「夕食を食べには来られない」と言いにくるルオはチャオ・ディに髪飾りを贈
ります。街に出たときに買っていたということなので、彼もまた彼女に恋して
いたわけなのでしょう。
 この街に呼び返されるルオに、作った食事を届けようと、チャオ・ディはル
オの乗った馬車を追います。でも走っても走っても間に合いません。とうとう、
食事を入れた青花の碗を落として割ってしまいます。このときは、見ている私
も彼女と一緒に走っている気になってしまいます。
 ルオは旧暦の12月8日には帰ってくると言って去るのですが、その日雪の
中で待ち続けるチャオ・ディの前にルオは戻ってきません。それから彼女の辛
い日が続きます。
 でも待ち続けても、彼は戻ってこないのです。
 この間に、いいシーンがいくつかあります。チャオ・ディが誰もいない学校
へ行って、学校の中を掃除し、ルオのことを思い続けているところ。そして、
目の見えないお母さんが、チャオ・ディのために、「瀬戸物の修理はいらんか
ね」と村々を歩いてくる職人に、割れた青花の碗を修繕してもらうシーンもい
いのです。お母さんは、「これじゃ、新しく買ったほうが安上がりだ」という
職人に、

   その碗は、ある人が使ったんだ。その使った人が、娘の心を持って行っ
  てしまったんだ。娘のために、なおしたいんだ。

といいます。どうしても涙が出てしまうところです。
 でもルオは戻ってきません。毎日、道に立ちつくすチャオ・ディは風邪をひ
いてしまいます。それでも、母がとめるのもきかず、吹雪の中を街まで歩いて
行こうとして、雪の中に倒れます。
 雪道で倒れ、高熱で苦しんでいることを知って、ルオは無断で村へ帰ってき
ます。そして寝込んでいるチャオ・ディのそばで看病したあと、朝また学校で、
教科書を朗読します。また、前の通りになったみたいです。
 でも、このことがために、さらにルオは街にひきもどされ、それからさらに
2年取調が続いたようです。
 2年後に村へ帰ってくると、ルオとチャオ・ディは結婚します。盲目の母親
も村の人たちもみな祝福してくれたことでしょう。そして、二人はそのまま40
年間一緒に暮らします。

 そこで、またモノクロの画面の現代に戻ります。
 息子のルオ・ユーシェンはこうして、母と父の恋物語を思い出したことによ
り、やはり母親の思いを遂げさせようと決意します。街から村まで、父の遺体
を担いで運ぶために、大勢の人を雇おうとするのです。

   この平凡な山道。必死に待ち続けたこの道を母は父と共にたどりたいの
  だろう。

 そして雪の中、大勢の人が集まります。だが、彼らはみな父親のルオの生徒
たちだったのです。みなお世話になった先生を、昔のしきたり通りに村まで担
ぐのだときいて、中国の全土からやってきます。そして彼らは、お金は受取ま
せん。雪の中、大勢の人たちが交替で、遺体の棺を担いで持って歩きます。歩
くのは、街から三合屯村への道です。若きチャオ・ディがルオを待ち続けた道
です。棺のそばには、そのチャオ・ディがルオと一緒に歩いています。きっと
ルオにも、この道が見えていることでしょう。
 実に感動的な映画でした。そして泣けてくる映画でした。やはり、恋の映画
です、まさしく「初恋のきた道」なのです。

 でもでも、私は思いました。

   日本の題名の「初恋のきた道」はいいけれど、中国の原題ではなんで
  「我的父親母親(私の父親と母親)」なんていう題名なんだろうか。日本
  の訳者のほうが上手だよな。この映画にぴったりじゃないか。でもはたし
  てそうなのかな?

 そこで、私は再度この映画を見直してみました。
 まず、この映画の年代は、西暦2000年のことです。父親が亡くなって、
息子が村へ戻ってくるのが2000年のことなのです。
 このことは、ルオが街に連れ去られるときに、チャオ・ディに「旧暦の12
月8日には帰ってくる」というのですが、そのときチャオ・ディが日めくりの
カレンダーを見るのですが、その日は西暦1958年1月27日なのです。そ
うすると、二人が結婚したのが2年後の1960年で、今がその40年後なの
ですから2000年なのです。息子のルオ・ユーシェンは37、8歳というと
ころなのでしょうか。
 そこで私は気がついたのです。

   え、ルオが街に引っ張られたのは、「文化大革命」じゃないんだ。

 文化大革命が開始されたのは、1965年のことです。このことは、私は高
校2年生でしたが、よく覚えています。だから村人の「右派だそうだ。2、3
日で帰れるだろう」というのは、実はおかしいのです。おかしいというか、真
実の時代を描いているわけではないのです。
 私はこの村人の言葉で、ルオはきっと自分の作った教科書で、西欧の詩人、
例えばシェークスピアの詩でも紹介してしまったのだろうと思いました。でも、
こうして年代が確認できてくると、1958年だったのなら、そんなことは問
題ないはずなのです。
 さらに、ルオは街から戻ってきてチャオ・ディと結婚して、「それから40
年間、二人は二度と離れなかった」と息子が語るわけですが、これもなんだか
真実ではないなと思いました。ルオのような真面目な教員は、必ずあの文化大
革命で弾圧されたはずです。彼があの学校の教室で、「毛沢東語録」を手に生
徒の前で叫んでいられる人物でしょうか。また息子のルオも、かなりな目にあっ
たはずです。もちろん三合屯の村人もみなつらい目に会ったはずです。
 むしろ1958年はもちろんのこと、中国の50年代というのは中国の人々
が生き生きとしていた時代です。だから、二人の恋物語(自由恋愛と息子は言っ
ていた)にも、村人はみな祝福できたはずなのです。
 だから、あの村の人にとっても、中国の大部分の人にとっても、50年代は
明るく輝いており、そのあとの文革時期は暗く嫌な時代でした。
 だからこそ、ルオとチャオ・ディが恋ができた1950年代は明るく輝いて
いるのだからこそ、映画の画面はモノクロでもセピア色でもなく、カラーなの
です。実に三合屯村の自然も綺麗だし、赤い服のチャオ・ディは、その景色よ
りも若くて綺麗です。
 文化大革命というのは、いかにひどいことを中国の人にしたものでしょうか。
だから、人々はその前の輝いていた50年代を懐かしがったことでしょう。
 このことを象徴しているシーンがあります。貧しいチャオ・ディの家の窓に
は、紅い紙を使った切り絵が貼ってありましたね。チャオ・ディは恋しいルオ
先生の学校へも行って、窓の障子に、あの紅い切り絵を貼ります。あれは、窓
花(そうか、中国語ではチュアンホウ)といいます。これは、中国農村での、
家の唯一の装飾なのです。この切り絵を作ることは、嫁入り前の娘の修行の一
つであり、チャオ・ディに限らず、村の娘たちはみな綺麗な窓花ができたこと
でしょう。
 でも、これは文化大革命のときには、古い因習、迷信として禁止されました。
映画を見ている中国の人たちは、そんなことを思い出したはずです。こんなに
綺麗なチャオ・ディのルオに対する可愛い思いも、文化大革命では、迷信とし
て禁止弾圧されたのです。なにしろ、マルクス=レーニン=毛沢東の思想は科
学なのですから。
 だからこそ、村人にも息子にも、二人の恋物語は、カラー色した美しい輝い
ている物語なのです。そして、その後の中国は、カラーではなくモノクロとし
か言えない時代が続いたのです。
 では、その文化大革命を否定した現代の、2000年もなぜモノクロで描か
れないとならないのでしょうか。
 最初息子のルオは、ジープで村へ戻ってきます。彼は街では、会社をやって
いるようです。運転手とのわずかの会話でそれが判ります。彼は、おそらく携
帯電話も持っているはずです。まさしく現代中国は資本主義社会になっている
のです。
 だが彼が帰ってきた三合屯村は、まったく40年前と変わっていないではな
いですか。父親が、どうして亡くなったかといえば、40年前の古い校舎を建
て直そうと、寒い雪の中を走り回ったからです。文革も終わったのに、なんで
学校が40年前と同じ校舎だったのでしょうか。もう都会と村の格差はあまり
に大きくなってしまったのです。
 だから現代の中国だって、あの二人の恋物語があった50年代のようには輝
いていないのです。だから、これはモノクロの画面でしかないのです。
 そのモノクロの画面の中で、最後にチャオ・ディが、自分の靴に刺繍をする
シーンがあります。あれは、死者に履かせる靴には、切り絵を刺繍するという
習慣なのです。これを喪花(そうか、中国語でサンホワ)といいます。これま
た文革時代には、迷信と弾圧されたことでしょう。でもこうして、それを刺繍
しているチャオ・ディとそれを黙って見ている息子の気持はどうなのでしょう
か。息子は母親に街で一緒に住もうといいますが、母のチャオ・ディは早く夫
のもとへ行きたいのです。そして、もう変わりすぎた街と村の格差を知ってい
る息子は、母親にはそれしかないのだということが判っているのです。

 2度目にみて、ここまで考えてきたときに、この映画の原題の意味が判りま
した。これは、恋物語を描いたのではなく、中国のどこにでもいた父親と母親
が生きた時代を象徴的に描いた映画なのです。
「やはり、原題のほうが、この映画を正確に表しているんだな」。そしておそ
らく私たち日本人には、どうしてもそこまでは判るのは難しいことだなと感じ
ました。
 ただ、やはり、それでもあの50年代の美しい村の中を走っているチャオ・
ディの笑顔こそは、誰もがいつまでも忘れることができないだろうと思いまし
た。

 最後に、もっと私が強烈に思いましたのは、私の亡くなりました親友の堀雅
裕さんが、とても中国映画が好きで、よく「この映画見た?」と聞いてきたも
ので、実によく話したものだということです。彼の奥さまも中国の人で、文化
大革命で辛酸を舐めたようです。彼とよく話したものですが、

   芙蓉鎮

についてなんか、何度も何度も話したものでした。
 今彼が生きていたら、またこうした私の解釈に、いろいろな思いを述べてく
れたことだろうなと思ったものでした。

 それから、この映画のシナリオを探したのですが、探しきれませんでした。
なにしろ忙しい日々なもので、古書店を探していられません。それでここに書
いてある台詞は、みな私が2回目に見たときにメモしたものです。本来なら、
もう一度一人でゆっくり見るべきだったのですが、なにしろ真夜中しか見る時
間がなく、娘と見ていたもので、テープを戻して見直すことができませんでし
た。だから、私の書いた台詞は正確だとはいえません。それと、
 もう一つ、これは米中合作映画だからなのか、字幕でも登場人物の名前はみ
なカタカナでした。できたら、それくらいは漢字で書いていただきたかったな
という思いです。                                      (2002.03.18)





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更新日:2005年06月08日