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□□□□□□ マガジン将門 第425号 2008.09.29 □□□□□□
□□□□□□ 毎月曜日発刊 発行数362 発行人萩原周二 □□□□□□
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第425号をお送りします。
現在は、9月28日の午後1時代ですが、ここで予約配信します。実際には、
9月29日の午前0時代に配信されます。
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目 次
§今週のコンサル 第422回 「三越メガネバザール」のDM
§更新情報 第425回
§周の家族・教育の話 第336回 「5月5日に谷中千駄木根津を歩きま
§ した の3」
§何か書くぞ 第426回 「昨日39年前を思い出した」
§吉本隆明鈔集 第325回 「日本の詩というのは、自然がなくなっちゃ
§んだよ、ということをもっと大きな問題として考える以外にないのではな
§いか」
§今週の雑読 第425回 全5冊紹介
§周の漢詩塾 第148回 周の漢詩入門 「木戸孝允『逸題』」
§周の孫たち 第65回 「昨日豊島公園でのポコ汰」
§編集後記
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<<北朝鮮による拉致被害者の生存と救出を祈って……>>
R-NETでは、「北朝鮮による拉致被害者の生存と救出を信じて」への意思表示
が簡単に出来るように、ブルーリボン運動を展開していきます。
私達は、「リボンは核兵器よりも強し」と言う理念のもと、この運動を通し
て日本国民が一丸になっての意思表示、ムーブメントを起こして行きたいと思っ
ています。北朝鮮の金正日総書記や日本政府、そして報道機関や国外に対して
の私達の願いや怒り、救出へのアピールができれば良いと思います。拉致被害
者と御家族が苦しまれている25年間は、私達の無関心が作った悲劇なのです。
皆さんには、この運動をお友達や近くの仲間の方々に広く紹介して頂だいて、
拉致被害者の方々の生存と救出を多くの方々と一緒になって願って行ければ良
いと思っています。
この「ブルーリボン」とは、近くて遠い国である北朝鮮と、祖国日本を隔て
る、「日本海の青」をイメージしています。拉致被害者の方々と、その御家族
を唯一結んでいる同じ空である、「青い空」をイメージしています。
ぜひ、この運動をお友達や近くの仲間の方々に広く紹介して頂だいて、拉致
被害者の方々の生存と救出を多くの方々と一緒になって願って行ければ良いと
思っています。以下のサイトで、ブルーリボンのバナーを手に入れて、たくさ
んのホームページに置いてください。
http://www.rnet.gr.jp/ R-NET
日本中いや世界中の多くのホームページに、このブルーリボンが置かれて、
私たちの多くの胸にもそれが付けられているようになれば、きっといい結果が
産み出されるはずです。
またぜひ、このことを多くの方に広報してください。メルマガを出されてい
る方は、ここをコピーされて使っていただいてもOKです。
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□□□□□□□□□□□ 今週のコンサル □□□□□□□□□□□
(周は経営コンサルタントです。いくつものクライントでさまざまなことを
やっていますが、このマガジン発行日以前の1週間内にそこでお話した内容
をここで語ります。これはhttp://shomon.net/consul/に収録いたします)
■□第422回□■ 「三越メガネバザール」のDM
http://shomon.livedoor.biz/archives/51484161.html
「有楽町かわら版」8月1日号に書きましたが
と同じことがまたありました。今度は「三越メガネバザール」というDMが私
の義父あてに来ました。
それで、この葉書を見ますと、三越のホームページのURLが書いてありま
す。それでそのホームページ内を探しに探したのですが、メールアドレスは私
では見つけられません。
で、よくこの葉書を見ますと、
> *案内がご不要の場合は、本館7階メガネサロン(電話/03−○○○○−
>○○○○)までご連絡ください。
とありますので、そこへ電話しました。
それででも三越のホームページ内を探しても、メールアドレスが見つけられ
ないことを言うと、このDMはメガネサロンで出しているものらしいです。だ
から三越に電話しても駄目なようです。ついでにメールではこれまた駄目なよ
うです。
私のところでは電話よりもメールがいいのです。電話で喋っていると、どう
しても義母が気にしてしまいます。
でも三越は昔から好きなデパートでしたが、ホームページを見て少しがっか
りしました。メールアドレスを見つけられないのですから。
私のこのブログでもホームページのトップでも、メールアドレスは提示して
いません。ただし、「周へのメールはこちらへ」としてそこに書き込む(この
ブログはサイドバーの下のほうにあります)と、すぐに私あてにメールが着く
ようになっています。それで相手に折り返し私からすぐメールしています。
(2008.08.08)
□□□□□□□□□□□□ 更新情報 □□□□□□□□□□□□□
(このメルマガ配信の日の前7日間の将門Webの更新情報です。このメ
ルマガに掲載したものを将門Webに収納するものについては、ここに書
きません。それ以外のものをここに載せます)
■□第425回□■
次のページに文章をUPしました。
http://shomon.livedoor.biz/archives/cat_641447.html
周の雑読備忘録
http://shomon.livedoor.biz/archives/cat_794516.html
周の吉本隆明鈔集(ブログ版)
http://shomon.livedoor.biz/archives/cat_1325157.html
周の漢詩塾(ブログ篇)
先週も全日すべて
http://shomon.livedoor.biz/ ブログ将門
を更新・UPしました。
現在の将門Webのページ数は全部で1,595ページになりました。
それからブログ将門は、投稿件数5,727で「使用容量:166MB/2.10GB」
になりました。
□□□□□□□□□□ 周の家族・教育の話 □□□□□□□□□□
(周は家族4人です。また本当は教員になりたいと思っていました。でも時
の流れの中で、今の姿になってしまいました。ただ、どうしてか二人の娘は
教員になりました。私のいろいろな思いや出来事をここで書いてまいります。
1週間以内に以下にもUPしていきます。
http://shomon.net/kyoiku/kazoku.htm
愉しい話になっていけたらいいなと思っています)
■□第336回□■ 「5月5日に谷中千駄木根津を歩きました の3」
さて、根津神社をあとにして、次の目的地へ歩きます。ポコ汰はベビーカー
に入れました。もうお腹がいっぱいになっていますから、すぐ眠るでしょう。
いつもポコ汰はお昼を食べたあと、3時間くらい眠るのです。
でも眠らないで頑張っています。思えば、ポコ汰も、こんなパパとママ以外
に、ブルータスおばちゃんも、ナオキおじちゃんもいるから、もう愉しいので
しょう。
http://image.blog.livedoor.jp/shomon/imgs/4/2/4290bd3d.jpg
私たちは、根津神社から歩いて不忍通りを歩いて、言問通りを登っていきま
す。この写真は、不忍通りまで出る前に、この鳥を触ってポコ汰は喜んでいま
した。この鳥とポコ汰の写真をいくつか撮りました。
やがて、言問通りをあるくと、私には実に懐かしく思い出す橋が見えてきま
す。この橋は、東大の農学部と東大の本郷の本部を結んでいる東大構内の橋で
す。
http://image.blog.livedoor.jp/shomon/imgs/f/d/fd0aaec5.jpg
この橋が懐かしいのは、私はこの橋を1969年1月9日に渡ったことが
あったのです。
http://shomon.livedoor.biz/archives/51408970.html
昨日39年前を思い出した
そこを越えて、やがて東大の弥生門の前あたりの弥生美術館と竹久夢二美術
館に着きました。もうこのときには、ポコ汰はベビーカーの中で眠っています。
ここで、二つの美術館を見ます。
http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/ 弥生美術館・竹久夢二美術館
私は竹久夢二のことはずっと好きだったので、もっと早くから来たかったの
ですが、なかなか機会がありませんでした。それが初めて来られて実に嬉しい
ことです。竹久夢二は、荒畑寒村の親友でもあり、私には寒村翁はただただ好
きな方でしたから、この夢二にもたくさん知りたいことがあったものでした。
また、この弥生美術館では、高畠華宵の作品も見られると思っていました。
高畠華宵も私は中学生の頃から好きでした。
http://image.blog.livedoor.jp/shomon/imgs/4/9/49fda81b.jpg
左はここの入場券ですが、上は、(高畠華宵/君知るや南の国)とあり、華
宵の絵が描かれています。「君知るや南の国」とは、この南の国とはドイツか
ら見たイタリアであり、こう言っているのは、少女ミニヨンです。この絵の女
性がミニヨンなのでしょう。
ミニヨンは、ゲーテの「ウィルヘルム・マイスター」の中に出てくる少女の
名前です。「ウィルヘルム・マイスター」は、「修行時代」と「遍歴時代」と
いう2部からなっており、その中に、このミニヨンの話や、「美しき魂の告白」
(これは「ウィルヘルム・マウステル」の物語の展開とは関係ない話です)が
含まれています膨大な物語です。私はゲーテは、「ファウスト」も好きで、今
まで何度も読んできましたが、「ウィルヘルム・マイスター」も大好きな物語
です。
でも昨日は、この高畠華宵の作品はなくて、弥生美術館は次の作品展でした。
********************************
生誕百年 山川惣治展
−戦後日本を勇気づけた「少年ケニヤ」−
「少年王者」や「少年ケニヤ」で知られる山川惣治は昭和20〜30年代を中心
に活躍した絵物語作家です。密林の中で孤児となった日本の少年が、仲間に助
けられ、共に闘いながら強くたくましく成長し、ついには王者となって森の動
物たちの平和を護るという山川惣治作品に典型的なストーリー・・・最も弱かっ
た者が、苦難を乗り越えながら最強の王者になっていくという展開は、敗戦後
の疲弊した日本人に、希望を与え、立ち直る勇気をもたらしました。絵物語原
画、戦前の紙芝居作品や若き日に描いた習作等、貴重な未公開資料を含む約400
点による初回顧展。山川惣治の「冒険・愛・勇気」に満ちた世界をご覧くださ
い。
********************************
そして、竹久夢二美術館は、次の展示でした。
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マルチアーティスト
竹久夢二の七つの顔 展
私は自分で単に「えかき」だとも思っていない。私は自分で単に「えかき」
だとも思っていない。
「えかき」という商売はどうも好きではない。しかし、画を書くことは好きだ
し、世の中で為る事の中では、やはり一番真剣で深くなってゆけるし、この道
はどの外の道よりも自分に適してもいるし、幸福だと思ってはいる。何かしら
自分の技能で生活してゆくことも好いし、狭い人間生活のうわつらでうようよ
しないですむことも愉快だ。「私が歩いてきた道」『中学生』8−1(大正12年)
生前はその職業を問われると、「画をかくこと」と応えていたという竹久夢
二。その言葉どおり「画をかくこと」を天職とした彼は、雑誌の表紙を描き、
本を装幀し、また、雑貨店の経営を試み、展覧会を企画するなど、得意の「画」
を通じて様々な分野の仕事に挑戦してきました。この展覧会では、彼の遺した
仕事を〈画家〉〈詩人〉〈批評家〉〈書家〉〈デザイナー〉〈プロデューサー〉、
そして〈人間・竹久夢二〉の七つの視点から検証し、夢二を多彩な才能を発揮
したマルチア−ティストの先駆者として位置付けます。
********************************
この二つのことも、この二つの美術館のホームページから引用して、当日の
私の解説書にプリントしていたものでした。
かくして、ここの見学を終えて、もうすっかり眠っているポコ汰のベビーカー
を押しているミツ君とともに、南北線の東大前駅から、王子へ帰ってきました。
(2008.05.06)
□□□□□□□□□□□□ 何か書くぞ □□□□□□□□□□□□□
(周が過去にメモしていた文をまとめたり、ここで初めて書いたりした文章
です。ここで披露しまして、1週間以内に、将門Webのどこかのページに
UPいたします。読み応えのある内容を目指します)
■□第426回□■ 「昨日39年前を思い出した」
私は
http://shomon.livedoor.biz/archives/51408905.html
5月5日に谷中千駄木根津を歩きました の3
に次のように書いていました。
> やがて、言問通りをあるくと、私には実に懐かしく思い出す橋が見えてきま
>す。この橋は、東大の農学部と東大の本郷の本部を結んでいる東大構内の橋で
>す。この橋が懐かしいのは、私はこの橋を1969年1月9日に渡ったことが
>あったのです。
私はこのときに、遥かな昔を思い出していました。39年の昔のことです。
当日は東大闘争の真っ最中で、東大構内の教育学部と理学部の校舎を、日本
共産党=民青が占拠しているところを、東大全共闘が奪いに攻撃をかけていた
ところでした。東大全共闘は、東大全部をバリケード封鎖したかったわけです。
その闘いに、私も参加するはずなのですが、実は私は前日(だったと思うな)、
自分の属するサークルの新年会で、飲んで頭から倒れ、頭を怪我しまして、こ
の日は病院へ行っていたのです。それで、私はこの日の闘いには、遅れてしま
いました。
本郷三丁目から、東大正門を目指しても、もう赤門から正門前も、すべて機
動隊がいっぱいで、構内に入ることができません。困ったなという思いで、私
はこの農学部から入ろうと思いましたが、ここも機動隊が並んでいます。でも
農学部前の門のところで、その機動隊の列が終わっていました。
そこで、私は農学部へ入って、急いでこの橋を渡って、東大の本郷に入りま
す。急いでやっと安田講堂の前に着いたところで、約3分後、本郷の東大正門
を破って、警視庁機動隊が催涙弾を打ちながら入ってきます。おそらく、日本
共産党の部隊が追い詰められて、もう「これは、共産党を助けなくちゃ」と判
断したものだと思います。
たちどころに安田講堂前は機動隊の列が並びます。全共闘の部隊も一般学生
も、雲の子を散らすように逃げました。ただ当日、教育学部を攻撃していた私
の仲間は、「機動隊が来た」という声に、民青への攻撃をやめ、窓の外から下
を見たら、機動隊の濃紺の制服姿でいっぱいだったと言っていました。
その後彼も、催涙弾の攻撃を受け、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていたら、東
大生の学生が水道のところで顔を洗ってくれたといいます。そのあと、彼はノ
ンヘルで、この安田講堂前の機動隊の前に、座り込みをしていました。
私は、とにかく一人なので、どうにもなりません。そのうちに数時間が経過
しましたら、まら機動隊が催涙弾を上めがけて打ち上げながら、安田講堂前の
銀杏並木を列を並んで引き上げにかかります。
私は、この日はすっかり出遅れてしまったわけで、北浦和へ帰りました。翌
日また再び東大構内に入ると、今度は東大の本郷校舎はすべて日本共産党=民
青部隊が制圧しています。全共闘の部隊が当日は駒場の教養部へ出かけており、
この安田講堂には、数十名の部隊しかいません。でも安田講堂の見張りの全共
闘の人が、私を入れてくれません。個人ですと、その人間がどういう人か判ら
ないからです。
それで困ったなと思いましたら、ある部隊が30人くらいでスクラムを組ん
で正門から入ってきました。中大全中闘の部隊でした。手薄な安田講堂を防衛
のために来たわけですが、東大3丁目の駅からは、個人としてばらばらに歩い
てきて、正門を通ってからスクラムを組んで、安田講堂まで急いできたわけで
す。私は「はっ」と気が付いて、この部隊にスクラムを組ました。偶然私と一
緒に来た仲間が、そのときの中大全中闘の部隊の指揮者を知っており、それで
私たちは、そのまま安田講堂に入りました。さきほどの、安田講堂の見張りの
人も、私たちを見て、「よかったね」と笑顔でいました。
それから、翌日の昼ごろまで、日共=民青の軍事部隊との長い闘いが始まり
ました。
このあとの出来事は、私のホームページ内のどこかに書いてあるはずです。
そして、そのあと私は1月14日から、さらに安田講堂で寝泊まりして、や
がて19日に逮捕され起訴されて、しばらく府中刑務所に勾留されることにな
りました。
http://image.blog.livedoor.jp/shomon/imgs/c/9/c9e1b6b0.jpg
そんなことを、昨日のこの橋の下を歩くときに、脳裏にしみじみと甦らせて
いたものでした。その橋がここに載せた画像です。 (2008.05.06)
□□□□□□□□□□□□ 吉本隆明鈔集 □□□□□□□□□□□□
(吉本さんの世界を私自身が少しでも理解しやすいように書いてきたのが、
http://shomon.net/ryumei/rmoku.htm 吉本隆明鈔集(隆明鈔)
です。ここでひきつづきUPしてまいります)
■□第325回□■ 「日本の詩というのは、自然がなくなっちゃっんだよ、
ということをもっと大きな問題として考える以外にないのではないか」
日本の詩というのは、たとえ現代詩であろうとも、やっぱり自然というもの
に対するある種の感覚のようなものがなかったら、何をどう書いたら詩になる
のかということを見つけるのはなかなかむずかしいわけです。だからそこは大
問題として、これからの日本の詩が相当よく脱出口を見つけていく以外にない
のではないかという感じがします。
心理状態とか心理の動きみたいなことでいうならば、これは朔太郎以降の詩
人たちがよくやってきたことですが、そういう段階ではどうしても収まりがつ
かない。自然がなくなっちゃっんだよ、ということをもっと大きな問題として
考える以外にないのではないかと思います。
(「日本語のゆくえ」『第四章若い詩人たちの詩』)
今都会に住んでいて、路を歩いていて草花に触れることは多いわけです。
でももう昔の詩人たち、いや多くの芸術家たちが触れ合った自然とは違っ
てきてしまったという思いがします。もはや、自然とは私たち人間が管理
して初めて、「あ、綺麗だな、いいものだな」と言えるようになってきた
気がしています。
□□□□□□□□□□□□ 今週の雑読 □□□□□□□□□□□□□
(周がここ1週間内に読んだ本・雑誌の記録です。これはまず最初に、
http://shomon.livedoor.biz/archives/cat_641447.html 周の雑読備忘録
にも掲載しています。
■□第425回□■(9月22日から9月28日)
雑誌名 日経パソコン第562号
発行所 日経BP社
定 価 980円
発行日 2008年9月22日
読了日 2008年9月22日
ひさしぶりに、こういうイベントへ行ってみようかな、という気持になって、
以下に登録しました。
http://www.ceatec.com/2008/ja/ CEATEC JAPAN 2008
思い出せば、晴海のいくつかのイベントには出かけていたものでした。今は
行かなくなったものです。それには理由があるのですが、もっと私も変わって
いくべきですね。
「面白いブログを書いていうと思う有名人ランキング」で、上地雄輔、品川祐
があったので、以下行って読んでみました。
http://ameblo.jp/kamijiyusuke/
http://shinagawa.laff.jp/blog/blog.html
うーん、私には品川さんのは面白いけれど、上地さんのは、よく判りません
ね。でも他の方も読んでみましたが、やっぱり私にはよく判らないことばかり
です。その他の方のブログも見てみました。「東国原英夫」さんと「ともさか
りえ」さんのブログは面白かったです。
雑誌名 週刊ダイヤモンド第96巻37号
発行所 株式会社ダイヤモンド社
定 価 590円
発行日 2008年9月27日
読了日 2008年9月26日
この号の見出しは、
特集儲かる会社の「グーグル化」大革命
とあります。
そして私が真っ先に読んだのは、野口悠紀雄さんの「中小企業こそ、グーグ
ルのデジタルオフィスを使い倒せ!」というところです。
ここは、いわば全文を抜き書きしたい思いになりました。最初に「最近、日
本の大学でGメールを採用するところが増えた。……………」とあり、実に
納得してしまうものです。もう私も使い始めてからは、もうもとには戻れない
なあというところです。
最後に、著者の『超「超」整理法』という本が出るということです。15年
前のときにも、実によく読んだものでした。もう今現代に合わせた改訂版な訳
です。出版されたら、すぐに読んで見るつもりでいます。
雑誌名 週刊東洋経済第6164号
発行所 東洋経済新報社
定 価 670円
発行日 2008年9月27日
読了日 2008年9月26日
この号の大きな見出しは
グーグル10年目の大変身
というのです。「週刊ダイヤモンド」とは、また違う視点で書いてあり、興味
深く読めたものでした。
最初に「急成長したグーグル」というところで、マイクロソフト、アップル、
ヤフー3社とグーグルの「売上」「純利益」「株価時価総額」の表がありまし
て、実に興味深いです。とくに、アップルとも比較してあるのも面白いですね。
もはやヤフーがそれほどの成長は見られないにしても、やはりマイクロソフ
トは巨人です。そしてアップルの成長もすごいです。でも株式時価総額の変化
を見ると、グーグルはやはり多くの人に夢も見させている企業なのでしょうか。
そしてみんな米国の企業だよねえ。
でもグーグルが「検索」の世界でもいわば苦戦しているのが、この日本と中
国です。中国は「百度」があるから判るのですが、この日本は何故かな。やは
り孫さんの「ヤフージャパン」が強いのですね。
それにしても、
他社のホームページやブログなど携帯サイトに掲載する「アドセンス」の
売上は、2四叛旗連続で成長が止っている。また自社サイトに掲載する「ア
ドワーズ」についても世界的な景気低迷に伴う広告出稿の変化が懸念されて
いる。
だから、新しい収益源を求め続けているのが、現在のグーグルのたくさんの動
きなのでしょう。ユーチューブの買収も、大きな収益源を期待したわけでしょう
が、今のところ簡単にはいきません(これは大きな要因がありますね)。
そのあとのページも大変に興味を持って読めました。
それと実はこの号で、私が真っ先に読みましたのは、実はこのグーグルのこと
ではなく、第2特集の
「三国志」ビジネスの秘密
でした。大変興味深く読みましたが、私としては、現在「文藝春秋」で連載され
ている宮城谷昌光の『三国志』のことも書いてほしかったものです。あれが間違
いなく、世界一の史上一の『三国志』の世界を私たちの前に提示してくれている
ものです。
雑誌名 週刊アスキー通巻705号
発行所 アスキー・メディアワークス
定 価 330円
発行日 平成20年10月7日
読了日 2008年9月26日
「ワザありモバイルグッズ33」で、「ホテルの客室でもPCなしでSkype!」
と書いてありますKX-WP800なのですが、「FON対応で、FONのアクセスポ
イントがあれば屋外でも利用可能だ」とあるのですが、事実上は不可能に近い
ですね。私が屋外でスカイプケータイを使えるのは、ずっとその場で立ってい
ないとだめです。ケータイって今は、歩きながら喋られるものでしょう。それ
ができないのですね。もう面倒で残念です。
新聞名 図書新聞第2888号
発行所 図書新聞
定 価 240円
発行日 平成20年10月4日
読了日 2008年9月27日
1面の
>『マルコムX事典』を読む マルコムXがいかに「統一」と「連帯」を説くに
>至ったか――残されたメッセージを正確に捉える「とき」
を読みました。マルコムXというと、もう私には遥かな昔の思い出でしかなく、
そしてもう忘れてしまっていたことですから、それでまた私の記憶を遡りまし
た。
この人が暗殺されて、そののちにベトナム戦争があったのでしたね。
> いまから約40年前の1960年代、アメリカは揺れていた。先に触れた
>1963年8月のワシントンでの公民権と人種的平等を訴える大行進とキング
>牧師の演説。11月、公民権運動に理解を示したジョン・F・ケネディ大統領
>が暗殺。1964年8月「長い暑い夏」が始まり、アメリカの大都市で黒人を
>中心に暴動が起こった。1965年1月、マルコムXが暗殺。1968年、非
>暴力を訴え、白人と黒人の「兄弟愛」を謳ったキング牧師もまた暗殺され、頻
>発していた黒人暴動は急速に衰退していった。一方でアメリカによるヴェトナ
>ムへの介入が、宣戦布告もなしに「ヴェトナム戦争」として始まったのが1965
>年のことだ。同時に反戦活動が全国に広がっていった。20世紀そのものが激
>動の世紀であったが、わけても60年代はほかのいかなる10年間に比べよう
>もなく、激動の時代だったように思う。
我が日本でも1960年に安保闘争があり、私が大学に入ったのが1967
年、そして私が2度目の保釈で外に出てきたのが1970年3月で、なんだか、
そのあとの30年は何も時間が進歩していないような思いがしてしてしまいま
す。思えば、この日本も60年代は激動の時代だったように思いますね。私の
現在住んでいる東京都北区王子でも、毎日歩く柳田公園でも(さっきは孫ポコ
汰を連れて歩きました)を、1968年3月の王子野戦病院闘争がいつも甦っ
てきます。
これを書いている今村楯夫が最後に次のように言っています。
> いま何故、マルコムXかと問えば、いまこそマルコムXの実像を明らかにし、
>その偉業と残されたメッセージを正確に捉える「とき」が来たからだと言えよ
>う。2008年の夏、奇しくもアフリカ系アメリカ人、バラク・オバマが民主
>党の大統領候補として正式に選出され、十一月の大統領選挙に向けて1960
>年代の公民権運動と人種差別批判の延長線上に見るとき、隔世の感はあるが、
>一方でそこに確たる影響と結実した実態を知ることができよう。
オバマが大統領候補として選出されたことは、実にこの60年代と比較する
と隔世の感があります。
私が1974年沖縄の久志(名護市の一部でした)の、米軍基地内で働いて
いたときに、ベトナムで実際に戦争をしている米軍は、実に白人も黒人も一緒
に同じ軍隊として並んで行進していました。
だが、その時間が夜になると、基地のすぐ近くの辺野古社交街という米軍専
用の飲屋街で、黒人は全員がアフリカの衣装を来ていて、いつも「ブラックパ
ンサー!」と叫んでいたものでした。白人兵士はいつも、貧しいみなりでおと
なしく、ただただMPが銃で武装して厳重に警戒していたことを思い出します。
(2008.09.28)
□□□□□□□□□□□ 周の漢詩塾 □□□□□□□□□□□□
(周は中学生の頃より、漢詩が好きでした。ただ漢文の授業というのはほと
んどないという学生時代をおくりました。だから、自分で独自に学んできた
ものです。また長年詩吟をやってきましたから、それでも漢詩には親たしん
できました。その漢詩をここのUPしてまいります。このメルマガで発信し
たあと、「http://shomon.net/kansi/ 周の漢詩塾」の各ページにUPして
まいります)
■□第148回□■ 「木戸孝允『逸題』」
木戸孝允の詩はいくつか見てきていますが、この詩にも、木戸孝允らしい性
格の律儀さみたいなものを感じています。
逸題 木戸孝允
掃盡千秋帝土塵 掃き尽くす千秋 帝土の塵を、
旭輝自与岳光新 旭輝(註1)自ら 岳(註2)に光の新たなるを与ふ。
東巡今日供奉輩 東巡今日(註3)の 供奉の輩は、
多是去年獄裏人 多くは是去年 獄裏の人。
(註1)旭輝(きょくき) 昇ってくる朝日
(註2)岳(がく) 大臣諸侯
(註3)東巡今日 東京遷都の明治二年のきょう
天子の国土をすっかりはき尽くし、
昇ってくる朝日は、自ずから新政府の高官に対して、光の新たなるを与え
ている
東京に遷都するきょうの晴れの舞台の顔ぶれを見れば、
多くは昨年まで、獄中で過ごしていた人ばかりだ。
維新の三傑(この木戸孝允と西郷隆盛、大久保利通)の中で、孝允は一番若
いのです。
木戸孝允(天保4年6月26日〜明治10年5月26日 1833〜1877)
西郷隆盛(文政10年12月7日〜明治10年9月24日 1828〜1877)
大久保利通(文政13年8月10日〜明治11年5月14日 1830〜1878)
思えば長州藩が一番維新のときには、過激に走りましたから、幾多の同士た
ちを亡くしています。その中では孝允だけが生き残ったと言える存在でした。
でもこの三人も、言わば同じ年と言えるときに亡くなっているのですね。
孝允は西南の役の中亡くなりまして、西南の役の最後西郷が亡くなりまして、
その翌年利通は不平士族に出勤途中を襲われ殺害されました。
この人を思うと、いつもなにか細かく話続けている彼を思います。苦心苦労
の生涯だったのだろうなとばかり思ってしまいます。そして伊藤博文こそがこ
の人を継いだのだろうなと思うのですが、でも私には、明治政府は山県有朋が
引き継いで行ってしまったと思えていまして、その意味では、孝允の意思は途
絶えてしまったような思いになってしまうのです。 (2008.09.26)
□□□□□□□□□□□□ 周の孫たち □□□□□□□□□□□
(周は娘が二人です。2007年1月3日長女おはぎに男の子が生まれまし
た。そしてこの2008年の夏には2番目の子が生まれます。今度は女の子
です。もう私は嬉しくてたまりません。)
■□第65回□■ 「昨日豊島公園でのポコ汰」
昨日朝10時頃、長女家族が来てくれて、うちでポニョちゃんを預かります。
ポコ汰がすぐ近くの豊島公園に行くのです。ここは流れる小さな川があり、そ
こに入って遊べるのです。ただし、水が流れるのは午前10時からです。
私もそのあとそこに見にいきました。ポコ汰は水着で嬉しそうにしていまし
た。バケツを持って何度も水をくんでは流しています。
私はズボンの下が海パンでないことを後悔しました。でもズボンのすそをま
くって流れに入りました。冷たくていい気持です。もう小さい子ばかりが遊ん
でいます。何故か、素裸でいる小学校低学年の娘がいました。おはぎがその娘
のおばあちゃんに聞くと、このそばに来てくれた孫を自転車に乗せて走ったの
だが、この流れを見て、もう水に入りたいとダダをこね、それで仕方ないので、
スッポンポンになって水に入っているということでした。
それは私だって、赤ふん姿になりたいですよ。でも娘に止められるに決って
いるし。
でも実にいい公園です。小さな女の子を連れた小学校2年生と思える女の子
がいました。散々遊んだのでしょう。水道の蛇口をひねって、ちゃんと自分と
妹の身体をあらって、服を着て、二人で手をつないで帰っていきました。私は
「あれ、あの娘たちは親と一緒じゃないんだ」と気が付きました。いいのかな
あ、でもすぐ近所の家なのでしょう。
さんざん、遊んだのでしょう。パパの「もう帰ろう」という声に素直に頷い
て、また私たちの家に帰ってきて、スイカを食べていたポコ汰です。おはぎは
ポニョが泣いているのではないかと心配していましたが、なかなか泣かないい
い娘だったようです。
私はたくさん撮ったポコ汰の写真をプリントしましたが、おはぎに、「こう
して上の子だけはたくさん写真を撮るが2番目の子は撮らなくなる」というの
で、もちろんポニョも撮りましたよ。これからプリントします。
http://image.blog.livedoor.jp/shomon/imgs/9/8/980fccf3.jpg
http://image.blog.livedoor.jp/shomon/imgs/c/6/c6a91e35.jpg
http://image.blog.livedoor.jp/shomon/imgs/f/7/f73175cc.jpg
写真は、そのポコ汰がとっても愉しんだ豊島公園の流れる小さなプールです。
小さいけれど、長い流れですから、小さな子どもたちが愉しく遊べるのです。
(2008.08.17)
★☆★☆★☆★☆★☆★☆ 編集後記 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
第425号をお届けします。362通の配信です。
この号も予約配信します。この月末はもう大変に忙しいのです。こうして予
約配信しておけば、少しは他のことに向けられる時間が作れます。
第426号は10月6日の発刊予定です。
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