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第56回「中防某と自作パソコンのこと」
Friday, July 09, 2004 11:15 PM
畏れ多いです。
メール交換する相手??そんな言い方は畏れおおいです。私は教えを乞うて
いるだけです。でも聞くのが怖い。できてよかった???山ほどいらっしゃる
と思っていまし
たが?
なんだかわかりませんが、いざ出陣ですね。中坊こうへいさんみたいですね。
しかし意気もくじけるような暑さです。怠惰な人間は暑さに弱いと相場がきまっ
ています。でも先生はアルコール駆動だし、暑さに弱いとは思っていませんで
した。
12台目のパソコンか。パソコンに対する愛情がひしひしとつたわってきま
す。しかし先生も正直なかたですね。そんな苦労をするより。資金に余裕があ
るなら15万ぐらいのキットを買って組立て、いかに苦労して五万のうちにお
さめたか恩着せがましく話しておけばよかったのに。それにそのような自分に
しかメンテナンスできないパソコンでは確かに寄付できませんから、もうすこ
しオーソドックスな部品で誰にでもメンテナンスできるパソコンを組み立てれ
ば苦労も少なく、リサイクルもきくのではないでしょうか?しかしそうすると
自作する楽しみがなくなるというのでは何もいえませんが。でもこれ以上造れ
ないという今の状況でも自作する楽しみがないのは同じことですね。 MM
Tuesday, July 20, 2004 11:10 PM
Re: 畏れ多いです。
>なんだかわかりませんが、いざ出陣ですね。中坊こうへいさんみたいですね。
ええと、私のホームページには以下のページがあります。
安田弁護士の不当起訴に抗議する!
この安田弁護士は、私の会社の監査役の大口昭彦さんと同じ事務所です。こ
の彼が不当逮捕されたときに、私はすぐさまインターネット上で闘いだしまし
た。このとき逮捕したのは、もちろん警視庁ですが、この動きを煽っていたの
が、中防公平です。ですから、私はこの人間は過去・現在・未来に渡って決し
て許しません。まあ、話せば長いことになりますが、暇なときに、ここを読ん
でみてください。
東京地裁段階では、安田弁護士は当然無罪になりました。
>でも先生はアルコール駆動だし、暑さに弱いとは思っていませんでした。
いえ、もう暑いのだけは駄目ですね。ちょうどこの前のメールで書きました
1968年での府中刑務所の勾留は、この暑さがきつかったですね。なにしろ、
部厚いコンクリートの壁で、涼しい装置は団扇だけでしたからね。
>12台目のぱそこんか。パソコンに対する愛情がひしひしとつたわってきます。
パソコンはちゃんと使うことが大事なんですよ。学生活動家時代の、ガリバ
ン・鉄筆・謄写版等に比べて、パソコンというのは、どんなに楽なことでしょ
うか。その活動家が、今になって、それを使えないというのはとても哀しいこ
とです。
>しかし先生も正直なかたですね。そんな苦労をするより。資金に余裕があるな
>ら15万ぐらいのキットを買って組立て、いかに苦労して五万のうちにおさめた
>か恩着せがましく話しておけばよかったのに。
いや、それは絶対にできないですね。相手がどんな方であっても、やはりい
い機械をぜひ普通に便利に使ってほしいのです。私は現在、自民党系の人でも
民主党系の人でも、パソコンを見てみてあげているところがあります。そうい
う人たちにも、本当にきちんと使ってほしいからちゃんと教えていますよ。パ
ソコンも可愛いけれど、それをちゃんと使おうと努力する人も大事じゃないで
すか。
ただね、ちゃんと使えない人がいるとなんだかやっぱり哀しいのですよ。
実はね、私のホームページは吉本隆明さんに関するサイトと紹介されるとこ
ろが多いのですが、一番アクセスが多いのは「自作パソコン」のページなので
す。これはまた面白いことなんですよ。
周の自作パソコン講座
>それにそのような自分にしかメンテナンスできないパソコンでは確かに寄付で
>きませんから、もうすこしオーソドックスな部品で誰にでもメンテナンスでき
>るパソコンを組み立てれば苦労も少なく、リサイクルもきくのではないでしょ
>うか?
いや、パソコンというのはそういうものではないのだと私は思っていますよ。
パソコンというのは、いわゆる「コンピュータ」というものだけではないです
よ。私はね、子どものときから、機械を使うのが不得意でした。工作も苦手だ
し、中学の「職業家庭科」も苦手でした。でも、このパソコンは違うのですね。
私の次女が、私について、次のように書いていてくれます。
父について
私は嬉しいですよ。
今ちょっと前に、この次女は帰宅しまして(実は私も昨日は、事務所に泊ま
りまして、ひさしぶりの出会いです)、次女は本日同僚の先生方と一緒に飲み
まして、やっぱり私のことを話したようです。私はやっぱり全共闘ですから。
私は前々から「だから、その先生方とパパと一緒に飲ませろよ」といっている
のですが、なかなか実現できません。私のことを、単なる「全共闘(彼らが思
い込んでいる全共闘の概念)と思っていると、私のように、ただただひたすら
飲んで、ひたすら詩吟と軍歌と三橋美智也の歌を唄い続けると、彼らは驚愕す
ることでしょう。これが私たち全共闘なんですよ。
でもとにかく、パソコンの自作はまたやらないとなりませんね。秋葉原の悲
惨な地帯で、またいろいろと交渉する愉しみも、続けないといけないですよね。
ただね、たとえば新宿の歌舞伎町の悲惨なキャッチのおばちゃん、おじちゃ
んと交渉言い合いを続けるのも大事だしなあ、なんて思っております。やはり
身体と強烈な精神が大事ですね。昨日、錦糸町の「河内音頭」の大盆踊りで、
さすが疲れました。ずっと事務所で写真のスキャナ撮りをしていて、そして錦
糸町へ行って、そして腹一杯飲んで、上々颱風の、ボーカルの映美ちゃんと飲
んで話して、そしてまた事務所へ帰りまして、また仕事をして、そして………
……なんてこととばかりが続きまして、………………そして疲れましたよ。
あ、それから、「将門Webマガジン」の最新号を送るの忘れていました。
このあと送ります。
また。 萩原周二
(第209号 2004.08.16)
第57回「手紙の重さ」
Wednesday, July 21, 2004 10:44 PM
「手紙」の重さを知りました。
「手紙」と言う言葉にまさかそれほどの深くて重い思い出があるとは夢にも思
わず、自分の軽いメールの様なものと思っていてはずかしいです。高松城の水
攻めの様な深謀遠慮、また今から考えれば自分の支えにもなっていたのではあ
りませんか。そして青春の全てと結びついた思い出なんですね。ですから丁寧
に書けば本一冊が軽くできあがりますよ。メールに書ききれるものではありま
せん。もっとも先生は今でも青春真っ最中の様な方と想像しておりますが。
府中刑務所の手紙の検閲その他については殺人狂時代という本で読みました。
日本の刑務所は明治時代の決まりをひきずり、先進国の中では最悪の部類に入
るということは知っています。
将門Webマガジン、いつもありがとうございます。これはまさかどと読む
のですか。それともしょうもんですか。詩のメールの中で読み方は自分の考え
でいいといわれましたが、世間一般で通っている読みを違うように発音すると
笑われることがありますからね。お釈迦様のお母さんはまやふじんではなく、
まやぷにんと読むのだと初めて知ったときは驚きました。信長公記はしんちょ
うこうきだといわれても、どうやってこの場合はのぶながではないと判断すれ
ばいいんですか。詩の場合は口調が優先すると思うんですが。垣の外はかきの
そとと私も読んでました。将門記はしょうもんきですからしょうもんうえっぶ
でしょうか。
実は一年ほど前に平らの将門の話も一度通しで読もうと思って童門冬二さん
の平将門を読んだんですが、登場人物それぞれの考えや当時の関東の自然や情
勢などはよくわかるんですが、分かりやすく書きすぎて何だか少し幼稚な印象
を受けました。小説としてはあまりおもしろくなかったです。そこで聞くのが
怖いんですが、将門が主人公の小説では何がよいでしょうか。きっとものすご
い思い入れをお持ちでしょう。
> 結局、あのガリア人の若い王をあれほど残虐に描くのは、実はカエサルをこ
>そ貶していることになるのだと私は思います。いや誰もがそのように判ってほ
>しいのだろうなと推測しました。
この文章は意味がよくわかりません。著者はなるべくカエサルを貶めたかっ
たということですか。新しく斬新なカエサル像を作り出すためにですか?MM
Thursday, July 22, 2004 1:12 PM
Re: 「手紙」の重さを知りました。
まずいつもメールをありがとう。昨日飲み過ぎた私が、このメールを開きま
したのは、今朝なのですが、ものすごく嬉しかったです。そして今も嬉しいで
す。
>「手紙」と言う言葉にまさかそれほどの深くて重い思い出があるとは夢にも思
>わず、
いえ、なんとなく勝手に書きまして、ごめんなさい。そうねえ、私はあのと
きも、ただただ書き続けましたね。思えば、その長い長い手紙の続きが、私の
今のホームページになっているのかもしれません。私のメルマガもただただ、
長いだけなんですが、これもまたあのときの手紙の続きかななんて思います。
あのときの私の彼女は、全部で私から数百通の手紙を受け取ったでしょうが、
もう燃してしまったでしょうね。でも今私は燃せないようなデジタルのものを
日々書いているつもりなのです。
ただどれも、とても本になるようなものではありません。アベラールとエロ
イーズの愛の書簡集は、今読んでもその愛の深さに驚きますが、私の書いた手
紙は、誰もが呆れるような内容のないだけのものです。
>もっとも先生は今でも青春真っ最中の様な方と想像しておりますが。
ありがとう。ただね、どうなんでしょうね。私の長女が以下のようにいいま
した。
おはぎに言われちゃった
そうねえ、「その通りなんです」よ。
>府中刑務所の手紙の検閲その他については殺人狂時代という本で読みました。
見沢さんの書いたものですね。私はあの方と飲んだことがありますよ。千葉
刑務所というところは、赤軍の吉野さんもいるし、狭山事件の石川さんもいた
ところですね。私は千葉刑務所の係の人と偶然飲んだときに、「吉野さんを大
事にしてくださいよ」と頼んだものです。石川さんとお会いしたときにも、見
沢さんのことや吉野さんのことをききまして、石川さんに驚かれたものでした。
>日本の刑務所は明治時代の決まりをひきずり、先進国の中では最悪の部類に入
>るということは知っています。
そうなのかもしれないけれど、私は府中刑務所は好きでしたよ。飯は最高に
うまかったし、看守も懲役の方も真面目でした。若き日に、あんなところにい
て愉しい経験が出来たのは、実にいいことだったな、と今もつくづく思ってい
ます。
私なんか、東大闘争の統一公判要求というので、裁判には出廷拒否という戦
術で向かいました。ただ、裁判の前の日には、刑務所側が、私たち裁判に出る
予定の者を、拘置所から、刑務所内の懲役刑の中の駅舎へ連れていきます。と
にかく孤立させようというのですね。そして朝、「出廷だ」と看守が呼びにき
まして、私が拒否しますと、すぐさま頑強な看守(刑務所内の機動隊ともいう
べき連中で、彼らだけは緑の制服を着ている)が3人でやってきまして、私を
引きづりだそうとします。私なんか、身体が小さいですし、腕力もないので、
このときの戦いは必死でした。でも、あのときの経験は良かったなと思ってお
ります。
私は温泉新聞社というところの新聞記者をやっていたのですが、そのとき毎
月月末に、各温泉街の旅館・ホテルに集金にいきます。これがけっこうつらい
非情な仕事でした。旅館・ホテル側はこんなひどい新聞(と彼らは思っている)
に金を払うなんて気持ちは1%も持っていません。でも私のほうも、集金しな
いと帰れません(かっこう悪いからではなく、実際に集金しないかぎり、金が
ないから動けないのです)。
温泉街は歩いていきますと、各ホテルはものすごくそれぞれが遠いところに
あります。那須温泉を、あるホテルでの戦いのあと、また歩いていきます。も
う近道しようというので、山の中を歩いていきます。私独りで、もうずっと歌
を唄って歩いています。「ワルシャワ労働歌」と「青年日本の歌」なんかを大
声で唄っていきますと、やっと目的のホテルが見えます。「ああ、良かった」
と思いますが、またそのホテルでも、また戦争が始まるのです。
でも、私には「これよりは、あの府中のでかい看守に挟まれたときのほうが
辛かったな」なんていう思いで、また元気に貫徹できたものでした。
>将門Webいつもありがとうございます。これはまさかどと読むのですか。そ
>れともしょうもんですか。
「しょうもんうぇぶ」です。私の以下で紹介しております
将門Webオンライン書店「哲学・思想・漢詩・漫画」
この本がいいですよ。
書 名 お言葉ですが…7
漢字語源の筋ちがい
著 者 高島俊男
この漢字熟語の読み方や、氏名の読み方をよく判るように書いてあります。
15代将軍の「慶喜」を本当に「よしのぶ」と読んだのかどうかは、実は判ら
ないのですよ。西郷南洲も本当に「隆盛」と書いたかどうかも判らないのです。
ただ「りゅうせい」と呼んだのは間違いないようで、明治期になって、戸籍を
作るときに、「たしかリュウセイだったぞ」というので、「隆盛」という字を
当てたようです。そして本人は何も言わないのですね。弟の「従道」なんか、
もっと驚きます。本人が口をもごもごさせて「ジュッド」と言ったのを、誰か
「従道(ジュウドウと読むらしい)」と字を当てただけなのです。
ぜひこの本を読んでみてください。
>信長公記はしんちょうこうきだといわれても、どうやってこの場合はのぶなが
>ではないと判断すればいいんですか。
信長を「のぶなが」と本当に読んだのか否かというのは、実は彼の父親と本
人しか判らないです。それで、本人が本当の「読み」を言わないかぎり、他の
人が彼を読むときには、「音(おん)」で読めばいいんです。それだと失礼に
はならないのです。だから15代将軍慶喜は、「よしのぶ」ではなく、徳川ケ
イキ、一橋ケイキと読めば、間違いではないのです。現代の我々が「慶喜」だ
と教わっただけで、実はあの時代には、そうは誰も読んでいなかったのです。
>実は一年ほど前に平らの将門の話も一度通しで読もうと思って童門冬二さんの
>平将門を読んだんですが、
童門さんの将門も私は好きですよ。
>分かりやすく書きすぎて何だか少し幼稚な印象を受けました。
その通りでしょう。私はやはり、海音寺潮五郎「平将門」が好きです。また
吉川英治「平の将門」もいいですよ。海音寺さんは、この「平将門」を書くと
きに、吉川英治さんに相談にいきまして、「それはいいことだ」と誉められた
そうです。
でも私が好きなのは、幸田露半の「平将門」かな。私は幸田露半が大好きな
のですよ。
>将門が主人公の小説では何がよいでしょうか。きっとものすごい思い入れをお
>持ちでしょう。
将門に関する本は知る限り、すべて読んでいますよ。
また。 萩原周二
Thursday, July 22, 2004 5:29 PM
あ、レスを忘れていました
>この文章は意味がよくわかりません。著者はなるべくカエサルを貶めたかった
>ということですか。新しく斬新なカエサル像を作り出すためにですか?
私には、新しいカエサル像ということではなく、ただただ貶したかったのだ
と思いますよ。私は最初から、あの著者は気にいりませんでした。
ただ、こうして生きていると、また新しい本を読むことができるし、あなた
のような方とメール交換できますから、人生はいいものかな、なていう気にな
ります。
きょうは、早く帰宅します。帰宅すれば、次女と会えます。それが嬉しい。
(第210号 2004.08.23)
第58回「大丈夫でしたか」
Friday, August 27, 2004 9:06 AM
大丈夫でしたか TK
無事帰宅できたの?帰った後心配で心配でなかなか寝付かれませんでした。
あんまり飲んではいけないわよ。体に良くないし、しんどいでしょう。大変お
金を使わしてしまってごめんなさい。またパソコン教えて下さいね早めにパソ
コン購入を考えなくては、早く足を治して萩原さん達の仲間に入れて下さいね。
Friday, August 27, 2004 9:32 AM
元気ですよ
実はあのあとタクシーの運ちゃんと喧嘩したようですが、とにかく元気で大
丈夫です。身体はきわめて健康で全く「しんどく」はないです。今、ある会社
のメルマガに原稿を提出したところです。書いたのは私の飲み屋の紹介の書き
物です。書いたのは「池袋西口『ふくろ』」です。ヒサンないいお店ですよ。
今は朝7時からやっています。昔は朝5時からやっていたのよ。
そうねえ、パソコンはやればできますよ。私はね、JCAにいたときも、あ
の仕事は全くの素人だったのよ、でもあの時あの場で必死に覚えました。経理
税務の仕事も、突如やることになって、その時学び覚えました。パソコンも同
じですよ。萩原周二
Friday, August 27, 2004 10:11 AM
メール頂いて安心しました。無事でなによりです。大きなバックもなくなら
なくてなによりです。ホッとしました。
Friday, August 27, 2004 10:48 AM
Re:
あのね、バックはなくさないの。つい先日長女と私の母親の家に行きました。
長女がいうのです。
パパはどうして、そんなに前につんのめるように歩くの
私は答えます。
今背中に鞄を背負っていないから、どうしても前のめりになってしまう
んだ
そのとき私はあの鞄を背負っていませんでした。でも母の家に行きまして、
ビール飲む以外やることがないので、また家に引き帰して、また鞄を持って母
の家にいきました。あれがあるとビールを飲みながらインターネットができる
んです。
きのう行ったお店二つともいいお店でしょう。長年つきあっているお店です。
「きゃらめる」のママのゆかりさんは実は女優をやっているのです。それで実
は彼女の妹さんがひとみさんといいまして、お姉さんより、かなり若くて、す
ごく綺麗で私も惚れています。ところが彼女は今病気でして、店に出られませ
ん。私とは携帯でメール交換するだけです。だがだが、そのひとみさんの娘が
また圧倒的に綺麗で、実は木曜日と土曜日にあの店に出ています。その娘さん
に会えるかなというよこしまな気持ちも私にはあったのですが、そこは残念で
した。また行こうね。
(第211号 2004.08.30)


