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目  次

「哲」の歌









































「哲」の歌
   「哲」の歌
  人はみんな私を「哲」と言った。
  「哲」は泣くことが大好きだつた・・・・ 
  葦の新芽のみずみずしい
      海辺でも
  「哲」は泣くに違ひない・・・・ 
  「哲」の踏んで行く
      砂の足くぼを
  真赤な「べんけい蟹」が懐かしむに違ひない
  「哲」は今日も
  白々と続く砂浜に佇んでゐる
  「哲」の好きな船は
      今日もやつて来ない
  「哲」は明日もその船を待つているだろう
  「哲」の待つてゐる船は
      未だ難破するものか
  「哲」は今日も
      白々と続く砂浜に佇んでゐる

 この詩は吉本(吉本隆明)さんが、昭和16年5月に発表された「和楽路」
というガリ板刷りの文芸誌(東京府立化学工業学校)に載せられたものです。
吉本さんは当時16歳の少年でした。のちに、「初期ノート」「初期ノート増
補版」(試行出版部刊)、「吉本隆明全著作集第15巻初期作品集」(勁草書
房刊)に収録されました。
 この「哲」とはこの「和楽路」での吉本さんのペンネームです。この「哲」
とは「哲学」の哲であり、吉本さんが哲学の本を読んでいたところを誰かがみ
て、誰彼となく「テッチャン」と呼ぶようになったということです。
 この詩に描かれる砂浜は鎌倉の由比ヶ浜です。哲の待っている船というのは、
鎌倉3代将軍源実朝が陳和卿に命じて作らせようとした宋船です。実朝は息詰
まるような鎌倉政権の将軍職の中から逃れたかったのでしょうが、宋に渉るこ
とのみを夢のようにもとめて、この船を作らせます。だが、この船は完成した
のに、海に浮かびません。たぶん、母政子と北条義時がなにか細工させたので
しょう。それで実朝は宋に行こうとする夢をあきらめます。あとはただ、自分
の死を予想しながら、それに向かって行ってしまっただけでした。
 吉本さんは、この船に実朝を乗せてあげたかったのだと思います。だが実朝
の事実は甥の公暁の刃にかかって亡くなってしまいました。それが予想できて
いたのに、彼は死に向かうしかなかったのです。太宰治は、この実朝と公暁の
関係をキリストとユダの関係にも見立てているように思います。太宰は実朝に
言わせています。

   アカルサハ滅ビノ姿デアロウカ。人モ家モ暗イウチハ未ダ滅亡セヌ。

と。そして、そのとおりに、昭和20年8月15日の敗戦の日の日本は、不思
儀に晴れ渡った青空を持ちました。この青空の中から、吉本さんの戦後が始ま
りました。
 もう船は待っていても来ないのです。そこで吉本さんはこの船を自分自身で
作り上げようとします。それが「戦争責任論」や「転向論」になっていきます。
そして彼が行き着いたのが「自立」という考えでした。そして、「共同幻想論」
「言語にとって美とはなにか」「心的現象論」の3部作を始めとする彼の著作
の中に、この頑健な船を作ろうとする姿を見ることができます。
 私もずつと、自らの船を作ることを夢想してきました。そして自分独りだけ
ではなく、何人もの仲間と皆で一緒に船を作ることができればでいいな、いや
できるはずだ考えてきました。






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更新日:2004年10月26日