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日本共産党の人の序列といったらどうなるでしょうか。 No.0 野坂参三 No.1 宮本顕治 No.2 不破哲三 No.3 上田耕一郎 ということになるでしょうね。しかし、そのNo.0(ナンバーゼロ)年齢今 年百歳の野坂参三が、今月9月17日日本共産党名誉議長を解任されました。 お、これは面白いなと思いましたが、No.0がいなくなっても、序列はかわ らないのですね。人も数字も0からではなく1から数えますから。 しかし、不破・上田兄弟よ、もうNo.1を越えるべきではないのかな。も う宮顕なんか追い出しちまえばいいのに。 文章名 立花隆が読む野坂参三解任の「核心」 発言者 立花隆、小林峻一、加藤昭 掲載誌 週刊文春1992年10月1日号40〜44ページ 定価 280円 この解任劇は、なさけないことに、日本共産党の大嫌いな文芸春秋の「週刊 文春」の記事によります。「野坂参三 同志を売った密告の手紙」という連載 が出たのが8月27日(9月3日号)。それであわてて、日共は赤旗記者をモ スクワに行かせ、問題の手紙を見つけたという。文春はその問題の手紙を苦労 してさがしだしたということですが、この文春のお蔭で、赤旗は素早く手にす ることができた。なんせ「週刊文春」持っていって、ここに書いてあるの出せ とトラブルになったといいいます。もちろんこれにはソ連の解体が一番の功労 者なのだろうけれど。 真面目な(いや不真面目なのもみんな)日共党員およびシンパは、実にかな りな衝撃でしょうね。だけど、今度のことに舌なめずりをして一番喜んだのは、 宮顕ではないのかな。これで栄光ある日本共産党の歴史は、宮顕ひとりの歴史 になるわけです。 この解任劇はこれだけで終りません。野坂の過去にわたってすべてが明らか にされるでしょう。さて、野坂はいつの時からスパイといわれるのかな。もと もと日共の内部で「野坂スパイ説」はありましたからね。 不思儀なことに、野坂は日本の保守的な層にかなり評価されてきました。 「共産党は嫌いだけど、野坂は真面目だからいい」「野坂は人間としてもでき ている」なんていうんですね。「共産党は駄目だが、野坂なら投票する」とか。 本当にいやですね、こういう勘違い。 大昔週刊プレイボーイで「噫!日本共産党」という漫画があった。それでは そのまま書かれていましたね。関東大震災のとき、刑務所(の拘置所なんだろ うけど)にいる共産党の面々が、地震で「俺たちを見殺しにするのか」と当然 にさわぎだす囚人たちをみて、野坂があの間抜け面で いやですね、私たちは、あのひとたちと違って、政治犯なんですよ と言うシーンがありました。また昭和にはいって、あまりの弾圧で共産党を解 党しようという相談を片山津温泉(たしかそうだった)でやるシーンもあって、 そこでは、多分解党には反対するであろう徳田球一が問題なのだが、「徳球、 以外や解党に賛成!」となり、みんなで芸者あげて大騒ぎ、見張の公安ひとま ず安心。そのなかで、また野坂があの間抜けすけべ面で、女湯覗くところがあっ た。 あの漫画、実は東映の実録路線で「仁義なき戦い」等のあと、「実録日本共 産党」という映画をやる原作のはずだった。いつの間にか、漫画自体がなくなっ ちゃった。東映もやめてしまった。やっぱり日共の圧力があったのでしょうね。 よくやる手だ。 実は私は、最初学生運動で捕まり起訴されたのは、東大闘争の安田講堂でな のですが、留置された東調布署で、私をとりしらべた刑事が、なんと野坂の護 衛を永年やっている年配のデカでした。そのデカが言うんですね、一生懸命に。 野坂さんは立派な人です、おまえらのようなチンピラと違って。革命家 というのはあのような人をいうのだ と、毎日毎日言われました。 共産主義はよくないが、野坂さんは人格者です、あの人こそ本物だ……。 こっちは当時(今もだが)日共なんて、敵でしかないのだから、なんの説得 力もないのだが、黙秘しながらも、ときどき叫び出したくなりましたよ。「そ んなに野坂を、日共を尊敬するなよ」って。 いまあのデカに会って、いろいろ話したいですよ。なんとか調べて会ってみ ようかな。野坂に失望しているだろうな。風呂で背中流す仲だったというから、 ショックでしょうな。野坂は権力に自分の仲間を戦前戦後通じて、売っていた のですよ。でももうあのおまわりさん、亡くなっちゃったかな。まあ、どうせ 野坂がやってきたことは、日共自身が明らかにするでしょう。 さてそこで、残るは宮顕独りです。 宮顕は誰もご存知じなことだと思いますが、戦前に同じ日本共産党員の小畑 さんをリンチ殺人したことで逮捕起訴されました。だが日本共産党は、今もあ の事件をデッチアゲであると言っています。 宮顕があのリンチ殺人事件を、デッチあげというのなら、再審請求をしても う一度無実をかち取るべきではないのか。小畑さんの死が彼の特異体質による ものというのなら、傷害致死、監禁致死ではないのだろうから、ぜひ再審請求 をして、無実と、日本特高警察のデッチアゲの不当を訴えるべきでないか。普 通の庶民がみんな、自らの無実をかち取るために、何人もが闘ってきたし、今 も闘っているではないか。やるのが当り前ではないのか。 あの「週刊プレイボーイ」の漫画でも、宮顕は小畑さんを「俺は日本のスター リンだぞ」といって、ムチ打っていたな。たぶんあのところが、あの漫画がや めさせられるところだったのでしょうね。 だから、宮顕除名して、あとは不破・上田兄弟で明るくやりなさいよ。不破 はあの東大ポポロ事件のとき当り前にふるまったじゃないか。上田さんの書く ことは、けっこう読ませるところありますよ。あなた方が書いた文書、本を宮 顕に絶版にされたこと何度もあるでしょう。そうそして、「日本共産党」って 名前を変えるんですよ。 日本民主党、民族民主独立党、国民民主党 なんて名前がいいんじゃないかな。そして、もう財界からお金もらって、当り 前の政党になりなさいよ。そうすれば、まだ過去死んだ方の供養になりますよ。 (1992.09.27)水に落ちた犬を打て「野坂、日共を除名される」(1992.12.30)
この野坂参三の
水に落ちた犬を打て「野坂、議長を解任される」
の問題ですが、どうやら野坂参三は共産党を除名されました。また詳しくみて
いきたいと思っていますが、とりあえずは、まず日経の新聞記事からです。
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共産党、野坂参三氏を除名――戦前の密告問題で。
92.12.28 本紙夕刊 1頁
共産党は二十七日に党本部で緊急開催した第八回中央委員会総会で、九月に
名誉議長から解任した野坂参三氏(百歳)を除名処分にすることを決定した。
野坂氏が戦前、ソ連などで活動していた同党の幹部党員・山本懸蔵氏を無実の
スパイ容疑でコミンテルン(共産主義インタナショナル)に密告した事実が同
党独自の調査によって明らかになったためで、野坂氏の行為を「明白かつ重大
な党規律違反で、共産党員であることと到底両立しない」と断定。二十八日付
の同党機関紙「赤旗」で野坂氏の除名処分を発表した。(関連記事2面に)
共産党は野坂氏を除名することで、衆院の解散・総選挙が予想される来年に
向けて、重苦しい歴史の課題に「けじめ」をつけた形だが、野坂氏は永らく日
本の共産主義運動のシンボル的存在で、かつては「共産党の顔」とも言われて
いただけに、イメージダウンは避けられないとみられる。
共産党は九月に野坂氏を名誉議長から解任した後、ロシアに調査団を送り、
野坂氏の密告問題に関して独自の調査を続けていた。この結果、野坂氏が「ス
ターリンの大量弾圧の時期に、山本氏らを敵に通じた人物として告発する側に
系統的に立っていた」ことが判明したとしている。
野坂氏は戦前、モスクワでコミンテルン活動に従事。米国に亡命していた一
九三九年、コミンテルン書記長のディミトロフに山本氏密告の手紙を書き、山
本氏は野坂氏の虚偽の密告がひとつの原因となってスターリン粛清により銃殺
されたという。
共産党はこうした野坂氏の行為を「自らの個人的利益を党の革命事業に優先
させて自己の保身をはかるため、スターリンの不当な弾圧に積極的に加担する
立場に身を置き、これを実行した」と断定、除名処分とすることにした。
「赤旗」によると処分決定に先立ち野坂氏に弁明の機会を与えたが、野坂氏
は「残念ながら事実なので処分を認めざるを得ない」と述べたという。
日本経済新聞社
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しかし、
>野坂氏は「残念ながら事実なので処分を認めざるを得ない」と述べたという。
とはどういうことですかね。野坂は戦前から、この事実を隠していたというこ
とですか。それが永年、日本共産党の議長だったのですか。
> 共産党は九月に野坂氏を名誉議長から解任した後、ロシアに調査団を送り、
>野坂氏の密告問題に関して独自の調査を続けていた。この結果、野坂氏が「ス
>ターリンの大量弾圧の時期に、山本氏らを敵に通じた人物として告発する側に
>系統的に立っていた」ことが判明したとしている。
まったくよく言うよ。まず「文春」を評価しなさい。はっきりいうと、この
山本氏のことはもっと前から言われていたではないか。日共元中央委員の亀山
幸三氏が、このことを指摘していたのはいつのことだ。1962年のことじゃ
ないのか。ただ、はっきりとした事実をつかんだのは「文春」です。
ちょっと細かくやるべきなのだけど、本日はとにかく、こうした体質が日共
特有のものなのだということをいっておきたい。同志を平気でスターリンに引
き渡して、殺したり、同志である小畑さんをリンチ殺害して、それを今も口を
ぬぐってごまかしている、これが日本共産党だ。私は私で独自に資料を蒐集し
ている。絶対に許すものか。
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野坂氏解任「非情」は当らぬ
92.10.6 本紙朝刊5頁
「赤旗」理論解説部長 庄子正二郎 37
(前略)なお、氏があわせて問題としている宮本議長にかかわる戦前の事件
は(小畑さんに対するリンチ殺人事件のことー周)、特高警察のデッチ上げで、
すでに法的にも決着がついている問題であることを指摘しておきます。
毎日新聞オピニオンワイド
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なんだって、よくまあ
>すでに法的にも決着がついている問題である
こんな嘘をつけるものだ。まあもう過去に何人かのかたが、このことをあばい
ているから、私はそんなにあせることもないけど、こんどの野坂のことでいえ
ば、野坂のことを日共独自の調査によって明らかにしたというのなら、この小
畑さんへのリンチ殺人事件も「独自の調査」でミヤケンのやったことをはっき
りさせるべきではないのか。
また私はこれらのことを述べていきますが、私がこうしつこく日共を攻撃す
ることに、
「いや今の一番の問題は、佐川事件のようなことやる自民党を攻撃すべきで、
そんな戦前のこと持ち出して革新側の一部を攻撃するのは、自民党を利するこ
とだけだ。だいいち、戦前の日共は激しい特高警察の弾圧にあっていたのだ」
などというような意見がおありだったら、どうぞ述べてください。私はまさし
くこのような考え方そのものに私は反対しているのです。日共だろうが、アナー
キストだろうが、大本教だろうが、それを弾圧した権力は非難されるべきです。
だがだからといって、同志をリンチ殺人することはそれ以上に許すことはでき
ないのだ。 (1992.12.30)
水に落ちた犬を打て「野坂、死亡する」(1993.11.16)
野坂参三がとうとう亡くなりましたね。しかし、日本共産党の幹部というの は、袴田里見にしろ、伊藤律にしろ、野坂にしろ晩年が無残ですね。みんな裏 切り者呼ばわりされて、可哀想なことです。 私は、この「水に落ちた犬を打て」ということで、2回にわたって、野坂の ことに触れてきました。野坂は本当にいつから権力の手先だったのでしょうか。 いわゆる偽装転向だったといわれる昭和4年のときのことですが、あれはも う完全な日本帝国・天皇制への屈伏ですよ。野坂は偽装転向して、のち保釈出 獄、そして逃亡し、ソ連へ亡命する。だけど、あれは日本官憲の指令ではない のかな。 野坂が捕まったのは、小林多喜二の小説「一九二八年三月十五日」で描かれ たときのことです。あのような苛酷な弾圧の中で、どうして野坂だけがあんな に簡単に外に出られたのだ(病気ということでした)。そんなに簡単に偽装な どできるものなのか。昭和八年の鍋山、佐野の転向には読むべき深い内容があ る。だが、野坂はどうなのだろうか。私は小林多喜二の小説など評価する気に はなれません。だが、彼を官憲が拷問によって虐殺したことは、絶対に許すこ とはできないと思います。あんなときに、何故野坂のみが、官憲をだませたの だろうか。 私は以前、このときの野坂の尋問調書と、野坂が取調べ担当検事に出した上 申書を詳細に読んだことがあります。さてさて、あれは完全屈伏、完全転向で はないのですか。よくまあ、検事判事に聞かれていないことまで喋っているも のです。 二個の原則綱領及十三個の闘争目標に付いては別に異議はありませぬが 君主制の撤廃及之に類する事項をスローガンとして掲げ之を大衆の目前に 現す事に付いては異論を持って居ります斯かかるスローガンを掲げるには 一定の段階を経ていなければならぬのと訓練を経て居らなければならぬの に一定の条件と一定の準備が出来て居なかったので今日直ちに大衆の前に 之を掲げる事は誤りだと思って居ります……… (昭和4年4月4日東京地方裁判所に於て予審判事藤本梅一による第4回 尋問調書のごく一部分。なお本文は漢字以外はすべてカナ書きであるが、 ここでは読みやすいようにひらがなで表記した……周) これが32テーゼを考え出したとかいう男(もちろん正式にはコミンテルン の分析が32テーゼです)です。自分のテーゼに書かれていることは何なのだ。 小林多喜二はこんなことひとことも言わないために拷問虐殺されてしまった。 どうして野坂のみが偽装転向といわれるのだ。それが許されるのなら。小林だっ てこのような調書に応じ、上申書書けば、少なくとも死は免れたのではないの か。野坂には偽装転向せよという指令を発し、小林には完全抵抗せよとの指令 でも日本共産党が発したのですか。 いったいいつから野坂は権力の手先だったのだ。そしていったい何人の人間 を死に追いやってきたのだ。そして戦後なんとまあ、驚くほど長いあいだ日本 共産党を指導してきた。いったいそんな日本共産党って何なのだ。 ******************************** 社会革命党戦闘団はロシア革命前に、帝政ロシアに対して、テロをかけてい く。セイゲイ公爵以下何人もの政府要人を爆裂弾によって殺害していく(これ はカミユ「正義の人々」に詳しく感動的です。でもカミユでは革命の真実は知 り得なかった)。戦闘団を指揮するサビンコフは、この闘いが確かに帝政に確 実に脅威を与えているようだと確信する。。だが、だが、なにかおかしい。ま さか、まさか………。サビンコフの上でテロを企画し、指導するアゼーフが何 故かおかしい。……彼はなんと官憲のスパイ(いやな言葉だ)であった、裏切 り者であった。ロシア帝国議会はこのことを正式に認める。アゼーフは政府が 金で雇っている、政府側の人間である、と。サビンコフはもう総てに懐疑的に なってしまう。私はそれからのサビンコフが好きである。 このアゼーフが何故身分がばれていったのか。それは同じく官憲の正式なス パイであったガボン僧侶の存在のためだった。革命派にスパイが二人いてはま ずいのだ。アゼーフはサビンコフにガボンの殺害を命ずる。「殺せ、彼は権力 の正式なスパイだ」しかし、かの有名な1905年の血の日曜日事件のとき、 たくさんの民衆をひきいてその先頭で冬宮に向ったのは、このガボンなのだ。 ガボンは民衆の中の革命派の英雄だった。 サビンコフは永遠にソビエトロシアを認めないだろう。彼らの革命なんて、 嘘っぱちだ。サビンコフやたくさんの若者たちが闘ったのは本当のことで、本 物だ。だが、結果できた国家は何だったのか。 サビンコフは自殺したことになっている。ソビエトに対して自己批判しての ち、自殺したという。しかし、それがどうにもスターリンによって殺害された らしいというのは、ソルジェニーツィンが「収容所群島」の中で書いています。 (このサビンコフのことはまた書いていきたいと思います。「蒼ざめた馬」 「テロリスト群像」……、みんないいですよ)(これは周が他の文章で書いた ものです) ******************************** 何も野坂のことで、共産主義とは何の関係もないサビンコフの事は書きたく はないのです(私はサビンコフは好きですから)。だが、彼のように真剣に革 命を目指したなかにも、アゼーフのような裏切りはあったのです。 ましてあの日共にどれほどの、醜い歴史が隠されていることだろうか。しか し、日本の権力はそのことをよく判っていると思います。なにしろ日共も大事 な体制派ですからね。守らないとね。 さて、あと残るは宮顕だけですね。いずれ必ず宮本顕治のやったことも、日 本の全大衆の前に明らかになることがあるでしょう。そしてそれはすぐそこに 迫っています。いや誰もやらなくたって、私がやりますよ。 それにしても日共は野坂の葬儀に花輪くらい出すのだろうか(遺言により、 葬儀告別式はやらないとのことですが、通夜くらいはどうなのだろうか)。も ちろん日共ですから、出すわけはないね。 (1993.11.16)ソ連秘密資金で建てた日本共産党代々木本部(1993.04.09)
現在金丸の脱税等の事件があるときに、またしても週間文春はまたもいいこ とをやってくれました。 題名 宮本顕治議長の徹底的研究 ソ連秘密資金で建てた日本共産党代々木本部 掲載誌 週間文春1933.4.15号36〜41ページ 最初のリードにこうあります。 野坂参三を追いつめたソ連の秘密資料を新たに発見した。今度は戦後に なってから日本共産党に流れていた秘密資金の全リストだ。しかも宮本議 長が知らぬはずがないカネも存在した。 ソ連の崩壊でさまざまなものが明らかになってきました。1948年から63 年までのソ連から日本共産党への秘密資金のすべての流れの資料が見つかりま した。この資料には、野坂参三や袴田里見の名前がサインされています。さて、 宮顕はどう弁明するのでしょうか。これらの資料のうち野坂、袴田のサインの ある領収書等は1961、2年のものです。日共は第7回大会(1958年) 以降は自主独立路線をとっており、ソ連とは無関係と主張しています。そうす ると、これらの資料の存在はどうなるのでしょうか。 現在不破委員長が赤旗で論文を書いているそうですが、その中で志賀義雄 (ソ連派)が1963年に資金援助を申し出たという手紙を暴露したうえ、 「あまりにも異常な世界」と弾劾しているという。宮顕も「自主独立の十年」 というインタビュー記事で「外国からの援助などない」といいきっているとい います。さてさて、どうするんですかね。 袴田里見の選挙資金の催促のエピソードなんか、まさしく面白いですよ。まっ たく袴田らしくて楽しいや(思えば私は袴田の馬鹿さ加減ってのは割と好きで したね)。さて宮顕は袴田と野坂にすべて責任をなすりつけるかな。でもそれ は無理がありますね。 今月4月1日の赤旗の「旧ソ連秘密資金問題で問われる社会党の自浄能力」 という文で以下のように述べているという。 資金援助とひきかえにソ連覇権主義の「盟友」の役割を果たしたという 疑惑は、金丸氏や自民党が企業献金とひきかえに政治をゆがめてきた問題 にも匹敵する、まさに日本政治の根本問題です。 こういう問題について、だれが、いつ、どこで追及しようと、その追及 には道理があります。(佐々木陸海国際委員会責任者) まさしくこのとおりです。どんどん社会党を追及していただきたい。さて、 自らの党に対しても、当然追及するんでしょうね。 この日本共産党がソ連から長年に渡って資金援助を受けていたことは、 金丸や自民党が企業献金とひきかえに政治をゆがめてきた問題にも匹敵す る、まさに日本政治の根本問題です。この問題について、私たちが、いつ、 どこで追及しようと、その追及には道理があります。 しかし日本共産党のことです。私たちがちゃんと見守っていないと、いや見 守っていたって、何をするのか分かりません。何にしても、これにどう決着を つけるのだけはよく見ておきましょう。そしてやはり日本共産党は、戦前戦後、 現在に至まで、私たちを裏切り、だまし続けた存在であるということを確認し ましょう。 (1993.04.09)
更新日:2004年10月24日