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はじめに 周が高校に入ったのは、1964(昭和39年)のことで、鹿児島県立鶴丸 高校に入学しました。当時私の父の転勤で、一家はこの3月に横浜に引っ越し したもので、私は鹿児島市の原良町へ下宿しました。そして7月に横浜の高校 の転入試験を受け、転校してしまいましたが、この鶴丸にいたときは、私の生 涯で実に愉しい時間と空間でした。 そして、この鶴丸に在籍していたことは、その後学生運動をやったときでも、 社会へ出てからも、いろいろなところで関係してきました。飲み屋で、「うる せい薩摩人がいるな」なんて思って、文句をつけると(周は茨城人で尊皇攘夷 派で、薩摩長州が嫌いなのです)、相手が鶴丸出身で、それでまた結果として 仲良くなってしまうということが多々ありました。 そんな鶴丸高校の東京の同窓会に、私も参加できることになりました。この インターネットでの この指とまれ のおかげです。私が登録をしましたところ、すぐに東京鶴丸会の竪山さんから メールをいただきまして、はじめて東京鶴丸会の総会に出席することができま した。 (2003.01.20) |
| 第38回東京鶴丸会総会(2004.06.12) 第18回鶴丸第18回卒関東地区在住者同窓会 (2003.10.18) 第37回東京鶴丸会総会(2003.06.28) 第36回東京鶴丸会総会(2002.06.22) 第35回東京鶴丸会総会(2001.06.16) 第33回東京鶴丸会総会(1999.06.19) |
| (団体)
一鶴蹴友会 |
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(個人) こなかとしおのホームページ(3期) |
作詞 中馬幸子先生 作曲 郡山 正先生 1 はろばろと 流れてやまぬ みなみの 青雲のはて 地(つち)ふかく 炎(ほむら)をのみて さくらじま けふ静かなり あゝわれら かへらざる三年(みとせ)を こゝに 展けゆく 歴史をおもふ 2 究めなむ 道遠くとも たゆみなく 日々に新たに この窓に 陽はかヾやきて 甲突の水は 澄みたり あゝわれら 学ぶもの をゝしく直く ひたすらに 己を彫(きざ)む 3 悠久の 天を敬ひ まこともて 人を愛せむ さやけくも 負ひきしその名 いよいよに 栄光あれかし あゝわれら 若き日を 互にたゝへ 声高く いざや歌はむ |
更新日:2005年12月13日