はじめに
私はよくプロレスに関する論争をしたものでした。まずは、いろいろな飲み
屋でいわゆる野球ファンとの論争です。「プロレスは八百長だ」などという野
球ファンに対して、「野球こそが八百長じゃないか」なんて、激しく言ってい
たものです。そんなときの私のプロレス論をここにあげています。
まだ少ししかUPしてありませんが、実のこの時代には、もっとたくさん喋っ
ていたものでした。
そして問題は、よくこうして論争していたゴールデン街では、野球ファン対
プロレスファンは、6対4くらいの割合だったのですが、実にゴールデン街な
わけで、いつもプロレスファンの言い方が野球ファンを圧していました。
しかし、問題はその先なのです。
プロレスファンというのは、プロレスファン同士になると、これまた激しく
論争になっていくものなのです。そして、プロレスファンの党派的割合といい
ますと、猪木ファン9割と馬場ファン1割が戦っていました。もう猪木ファン
が圧していまして、彼らは彼らの中でも論争をしていました。だが、その中に
あって、私は唯一ただ一人ラッシャー木村ファンでした。私はもう猪木ファン
とどこでも、限りなく論争言い合いを続けたものでした。
ラッシャー木村が木と初めて戦った、10・8と11・22の蔵前国技館
にも、私はラッシャー木村を応援に行ったものでした。
それが、たった今、ラッシャー木村の引退という事態を目の前にしています。
なんだかいいようのない、寂しさと、そして恐ろしいばかりの時間の経過を感
じています。
できたら、私の「ラッシャー木村論」を書いて行きたいなとばかり思ってお
ります。 (2004.07.19)
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